STAP細胞の論文問題、理研再調査せずの断 至極当然であり評価したい

 STAP(スタップ)細胞の論文問題で、理化学研究所の調査委員会は6日の会合で、研究不正があったとの認定は不当とする小保方晴子ユニットリーダーの不服申し立てを退け、再調査しないとの結論をまとめた。
  調査委は7日にも、この審査結果を理研理事会に報告する。
  制度上、小保方氏が審査結果に対して、改めて不服申し立てを行うことはできない。理研幹部はこれまで「調査委は独立しており、理研はその結論を受け入れる」と説明している。理研が審査結果を受けて、今後、小保方氏らの処分の検討と論文撤回の勧告を行う見通しが強くなった。
  調査委は4月1日、英科学誌ネイチャーに掲載された論文に関する最終調査報告を公表し、STAP細胞の様々な細胞に変化する能力や遺伝的な特徴を示す画像に、捏造(ねつぞう)と改ざんがあったと認定した。

これ「小保方氏の異議退ける…理研調査委、再調査せず」と題した読売新聞 5月7日(水)14時30分配信記事である。

 理研が断を下した。当然の結果である。自らの自浄作用、まだあったと言える。ここまで来ればもう事の良し悪しの問題では無くなっている。少なくとも研究論文の入り口論に戻ったと言う事でもある。当たり前の事を当たり前にと言う事を警告した決断であり、自戒の意味もあると私は感じた。困ったのは小保方さん側であろうと思う。元々かみ合わない論点であった。研究論文の何たるかを理解してない小保方さん側であったからだ。一度出した答案用紙が善意悪意関係ないのに、カンニングしたつもりで無いと言ってるその事の重大性を解からせるためにも、良い決断だったと私は評価してる。小保方さん側は何か勘違いしてるのではないか。研究者の失敗に復権等あり得ないのに、法的復権に拘り過ぎている。小保方さんは不正ではないと主張しているが、そもそも、故意かそうでは無いに拘らない事解からないのだろうか。ホンに頭の良い人たちは、どうしてこうも頭が良くないのだろうか。不思議である。前々より言ってた私の主張、「学問的頭脳」=「生活的頭脳」では無い事を改めて感じた事件だったと私は思っている。