STAP細胞不正問題、理研、世紀の発見の主導権のために小保方さんを特別待遇で迎え入れたが不正が発覚後周囲の関係者一様に無関係を装い内部争い?

 「STAP細胞」の論文不正問題について、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB)の「自己点検検証委員会」のこれまでの調査で、CDBの幹部会議が、小保方(おぼかた)晴子・研究ユニットリーダー(30)の採用段階から、秘密保持のため審査の一部を省略するなど例外措置を容認していたことが明らかになった。関係者への取材で分かった。組織ぐるみで秘密裏に研究を進めたことが、ずさんな論文発表につながった可能性が高い。【須田桃子】
 自己点検検証委は、論文不正に関する理研調査委員会が4月1日に最終報告を発表後、STAP細胞論文の作成経緯についてCDB内で検証するため設置された。自己点検検証委は4人の外部識者で構成され、資料の収集や整理にはCDBのチームがあたった。
  関係者への取材によると、CDBは2012年10月から研究室主宰者(PI)の募集を開始し、小保方氏を含む5人を採用した。その際、CDB運営の重要事項を決めるグループディレクター会議(幹部会議)は、STAP細胞研究について論文発表まで秘密とすることを容認。その結果、採用を審査する人事委員会は、小保方氏の審査で、1次選考を通過した候補者に通常求められる公開セミナーを実施せず、非公開の面接と質疑応答のみとしたという。
  実績がなかった小保方氏について、人事委は過去の論文を精査せず、研究実態の確認もしないなど、慎重な検討をしていなかったとみられる。CDBにはPI採用に関する明文化された規定がなく、例外的対応をとる場合のルールもなかった。

これ「<STAP問題>小保方氏、採用も特例 通常審査の一部省略」と題した毎日新聞 5月22日(木)7時0分の配信記事である。

 STAP細胞の論文に新たな画像の誤りが指摘された問題で、理化学研究所小保方晴子氏(30)の代理人を務める三木秀夫弁護士が22日、大阪市内で取材に応じ「写真は小保方氏ではなく若山先生の担当分野で、違っているかどうかも理解できない」と、共著者の1人である若山照彦山梨大教授の名前を出し反論した。さらに、若山教授が理研への情報提供者ではないかとの持論を展開、批判を繰り広げた。
  報道を受けた小保方氏はショックを受けた様子で「これは若山先生の実験部分じゃないですか」と訴えたという。さらに三木弁護士は「私なりの情報では、若山先生が発信してると聞いている」。理研は情報提供によって、別の実験結果を示す2匹のマウスとした写真が、同じマウスの別カット写真だったことが判明したとしているが、その提供者が若山教授ではないかと主張した。
  具体的な証拠は明かさなかったが「なぜ(画像の誤りに)気付かなかったのか。もしリークしておられるなら、自分の責任じゃないんですか」と三木弁護士。「あたかも小保方氏が(画像を)ごまかしているようになっている」と、最後まで怒りは収まらなかった。

こっちは『小保方氏「これは若山先生の実験部分じゃないですか」画像誤り指摘で反論』と題したスポーツ報知 5月23日(金)7時3分の配信記事である。

 もうここまで来ると醜い主導権と功名争いの様を徹している。
 つい先日と言って良い今年の2月上旬には、満面の笑みを浮かべ勝ち誇ったように「STAP細胞大発見」と発表したのは何だったのか。それが数日のうちに不正問題が明らかになると、その共著者たちは、塩が引くみたいに、各々会見を開き今度は無関係と責任の回避に走り出した。何と研究者たちと言う人間は随分とハッキリしてるものだ。全ての罪を小保方氏になすり付けているようだ。ホンに冷たい種族だ。要は自分しか信用しないと言う事か。だったら最初から共著等しなきゃ良いのにと思うのだが、研究者とは学問的頭脳は優秀でも、生活的頭脳は本当にバカとしか言いようの無い、片輪者である。何故なら、発表時に満面の笑みで発表時に参加してたと言う事は、真にこの世紀の大発見「STAP細胞」を何の疑いも無かったと言う事だからである。それだけ他人の実験を信用したと言う事にもなる。例えて言えば、これから長い距離を車で高速道路で行こうとする時に、最低調べる、「ガソリンの量、エンジンオイルの量の有無、ブレーキオイルの有無、バッテリー液の有無、ウインドーウォッシャー液の点検、タイヤの空気圧の量」等普段はガソリンスタンドで店員にチェックしてもらってても、事この場合に自分の目で確かめる事をしない人種と同じと言える。まぁこれは現在の車の安全性と、性能が高い事を考えれば必要のない事かも知れないが、事世紀の大発見と言う時にはそれこそ「石橋を叩いて」と言う関心事を持つべきと私は思うのだが、時には性格的に几帳面で無いズボラの面が出たと言う事か。プロ野球にバットの達人こと、かの川上哲治は「石橋を叩いても渡らなかった」と言う。ジャンルは違っても、私は当初から指摘していたいわゆるズボラな性格が出たと思っている。到底私には出来ないししない事である。