「プラスチックの原料って石油なんですよ」
「30年後の自分は何歳かな」
「瀬戸内海のごみで、国産スニーカーを製造したら」
あれやこれやの迷言(名言?)を集めた「まとめ記事」が、ネット上で大賑わいの小泉進次郎氏。ほんの少し前までは「総理になってほしい政治家No.1」の呼び声も高かったが、2019年9月、安倍晋三内閣で環境大臣として男性最年少入閣(当時38歳)を果たすと、さっそく迷言が飛び出していた。いわく「気候変動のような大きな問題は楽しく、かっこ良く、セクシーであるべきだ」???
***
議員になる前にすでに「迷言」が
2009年8月、衆議院選挙で民主党が圧勝。それが3年3カ月にわたる自民党下野時代の始まりだったが、この時、初当選を果たしたのが、当時28歳の小泉進次郎氏だった。
写真はその年の5月、父・純一郎氏の引退を受けて出馬する3カ月前のレア・ショットである(2019年1月、週刊新潮別冊「さよなら平成」掲載)。くたびれたインナーにブレザー、ジーンズ、「全身ユニクロ」といったファッションにネックレス、ビニール傘、手にした携帯はガラケーと思われる。バイト先へ急ぐ非正規の若者といった風情だが、この夜、彼が向かったのは自宅近くのステーキ店だった。
議員になってからの華々しさなど微塵も感じ取れないが、その「弁舌」が巧みなのは当時からのようだ。記事にはこう書かれている。
〈「ETC割引が千円になった」
「遠出するなら電車よりも車が得だ」
と、ワイングラスを片手に党の景気対策を知人にプチ自慢。元首相の御曹司とはいえ、初出馬を前にのんびり肉など食っていていいのか心配になる〉
後に「気候変動」のような「大きな問題」を国際サミットの大舞台で論じるようになる進次郎氏だが、このときは横須賀の“あんちゃん”に過ぎなかったのである。何しろ、話は「とても小さかった」のだ。
国政選挙は、進次郎氏にとっても初めての経験。上手に演説できるか、周囲は気を揉んだそうだが、選挙戦も中盤に差し掛かると、〈澱みなく言葉が出て、アドリブさえ交えるようになった〉という。記事では地元支援者の、「進次郎は、我われが助けなくても勝手に成長していく」とのコメントも紹介していた。
自民党大逆風の中で
投票のひと月前には、新人4人の候補者によって公開討論会が開かれている。この時、民主党から出馬した弁護士の横粂(よこくめ)勝仁氏は、同記事で次のように証言している。
「(進次郎氏は)イントネーションを変えたり間を取ったり、彼は聴かせて魅せる、含みのある話し方ができていた。勝てると思っていた討論で全然勝てなかった。見た目も爽やかで弁まで立つ。この時、将来、日本の政治の中心に立つ人だと思いました」
前述したように、この選挙で自民党は大惨敗。神奈川県内の18小選挙区を見れば、わずか3議席しか獲得できなかった。それほど厳しい選挙だったが、その中にあって進次郎氏は圧勝している。ちなみに進次郎氏以外の当選者は現・首相の菅義偉氏と、現・行政改革担当大臣の河野太郎氏だった。
その後の進次郎氏の活躍は、誰もが知るところ。その言動は何かといつも注目を集め、自民党青年局長などの要職にも就いてきた。「弁舌」はますます冴え、2017年10月には4選。「ポスト安倍」として名前が挙がる常連にまでなっていた。
進次郎氏が絶頂期にあったのは、2019年なのだろう。その年9月には環境大臣に。フリーアナウンサー・滝川クリステルさんとの結婚を発表したのは、前月のことだった。そして年が明けるとすぐ第1子が生まれるなど、公私ともに順風満帆だったのである。
どうやらそのあたりから、風向きが変わっていたようだ。「弁舌」で培った信頼を「弁舌」で帳消しに、といったところか。
これ「小泉進次郎 出馬前のレア・ショット 順風満帆な彼に何が起こったのか?」と題したディリー新潮 2021年5月11日掲載の記事である。
政治家(職業議員や政策立案能力の無い議員は政治家とは言わない)としてはほど遠かったと思われる進次郎議員であるが、そんな彼がどうしていつも下馬評に上がるのか私には解らない。多分親父小泉純一郎元首相の息子だからと理解する。その親父だってバカの一つ覚えの「郵政民営化」を壊れたテープレコーダーの如く叫んでいただけで、常に考え話している事は、国会議員の仕事(国民の幸せのための政策立案)等一度も話さず、唯話すのは下世話な女の話しか聞いた事が無いと複数の国会議員の証言がある。そんな男の息子である、話すの聞けばさも知ったかぶりの他の政治家の売り言葉だ。要するに政治問題の耳年増と言った方が良い。彼を祭り上げるマスコミのせいでもあると言わねばならない。
国会の委員会の中継の応答を見聴きすれば良く解る。今見たければyou-tubeで国会予算委員会での質疑応答を見れば良い。