日本人に生まれてのありがたさ

 病後、建設と不動産の2社の仕事は息子に任せての最近の状況は悠々自適生活だ。盛り時の仕事の煩わしさから解放されての生活は非常に快適だ。

 私は2007(平成19)年の暮れ60歳で小脳出血で倒れ、麻痺は無いものの左手足に失調感が残り、バランス感覚を失った。独歩可能だが安全のため妻に手を引かれての歩行である。

 東京での大学生活以来、早い時期(昭和50年代)からコンピューターに勤しんだ私の最大の楽しみはネットを閲覧し色んな情報を得、それを利用する事であった。それから約半世紀、今インバウンドが最高潮だ。彼らの日本や日本人に対する好意的印象が今や日本中にあふれている。ネットで閲覧すると、インバウンドの外国人の日本をいや日本人を称賛する声があふれている。皆殆どの外国人が同音に発するのは、日本人は静かで思いやりがあり親切だという事である。私も旅行が趣味であちこちに良く行くが、よく一緒になるのが中国人と韓国人であるが、彼らは一様に本当にうるさく閉口する。何で静かに待たれないのかと不思議に思う。これも国民性なのかとあきらめるが、楽しい筈の旅に横槍に等しい。それにその外国人が日本に称賛する事に驚くのがどこも綺麗でゴミも落ちてなく、ごみ箱が極端に少ないという事である。これは元々綺麗好きな日本人はゴミを散らかさず持ち帰る習性がある事に驚きを持つと言う事だ。我々日本人はガキの頃より親世代から普通に教えられている事が、外国ではそうでは無いという事であり、我々日本人から見ればその事の方が逆に驚く。このように外国人の方々が日本と日本人を称賛する事が我が日本ではあたり前の事として扱われているという事を考えれば、我々は日本人に生まれてのありがたさに感謝したい気持である。