佐々木毅元東大学長のコラムの紹介

 米朝首脳会談が近づいている中で、双方の駆け引きが激しくなってきた。中止・延期を示すメッセージも飛び交い、交渉が山場に差し掛かっていることをうかがわせる。不確実性の高いリーダー同士の話し合いであるから、何か起こっても不思議はない。
 一時期、北朝鮮は国連の制裁に苦しみ、。かなり弱気に傾いているとの報道もあったが、2回にわたる中国との首脳会談を経て、従来のしたたかな戦略に舞い戻ったように見える。この秋の中間選挙で頭がいっぱいで気の短いトランプ政権と時間がたっぶりある北朝鮮との時間軸のずれが目立っているとも言える。
 いずれにせよ、仮に米朝首脳会談が行われ、一定の成果が出たとしても、全ての問題が一気呵成に片付くというわけにはいかず、先の長い話になりそうである。そして先の長い話こそ、トランプ政権の最も不得手とするところであり、そこにこの交渉劇の大きな困難がある。当然のことながら、今後ますます日本外交は米国、北朝鮮双方を相手に複雑な取り組みを求められよう。
 このところトランプ政権はイラン核合意から撤退したりと、相変わらず「脱退」外交に余念がない。まるでこれまでの外交政策をひっくり返すことが目的のようにさえ見える。ところがこれが米国内では新鮮味をもってそれなりの成果として受け止められ、選挙目当ての外交スタイルのようなものがポピュリスムの一現象として出現している。
 その結果、従来の同盟国との関係は急速に冷却化した。特に、欧州との関係はその典型であり、イラン核合意問題では両者は完全にたもとを分かった。また、自動車の輸入関税を25%に引き上げるといったことがトランプ政権で話題になっているようであるが、そうしたことになれば欧州のみならず、日本との関係はさらにギクシャクすることになる。
 米国の「脱退」的な外交姿勢と旧西側自由主義陣営の事実上の解体によって、世界勢力図はすでに大きく様変わりしている。一言で言えば、独裁(的)政権の影響力の拡大と旧先進民主主義国の退潮である。
 今や、欧州各国は最近のイタリアのように政権を成立させるのにあくせくしており、欧州連合(EU)の結束を図るのに苦労している。東欧には独裁(的)政憮印成立し、ポピュリスムの浸透は止まらない。米欧ともに国内政治に足元をすくわれ、大きな外交戦略などに取り組む余裕がない。
 この国際的な権力の真空の中で、欧州や中東諸国は相次いで「プーチン詣で」に余念がなく、その影響力の増大をいやが上にも盛り立てている。中国はその膨大な経済力を駆使して全世界に進出し、一帯一路政策といった世界戦略を掲げ、目下まい進中である。
 平成が始まった頃にあった自由民主陣営の圧倒的優位性は今や急速に崩れつつある。正確に言えば、自ら突き崩しつつある。この世界規模での自由民主陣営の弱体化と独裁(的)政権のこうした急浮上は久しぶりのことである。それだけ見れば、1930年代が思い起こされる。いわゆる大戦争の時代である。
 もちろん、今すぐ大戦争が始まるということではないが、中東情勢などは明らかに険悪化している。そのうち、どこかで核兵器を使った小規模な戦争が起こるのではないかという懸念が広範に広かっていることは事実である。
 自由民主陣営の国際的弱体化は早晩国内的な弱体化に連動する。政策の遂行に多くの時間がかかる自由民主体制よりも、一気呵成に強権的に物事を処理できる独裁(的)権力の方が頼もしく、合理的であるように見えてくるのは珍しいことではない。各界リーダーの間にこうした病気が広がることは容易に想像できる。
 中国やロシアといった独裁(的)政権が近隣に控えている日本においてこうした病気に対する備えをどうすべきか、これは日本の将来に関わる大きな問題のように見える。そして自らのイノベーシ
ョン能力を失うことはこうした病の広がりに対して無防備になり、無力化することではないか。 (元東大学長)
 
 
これ「激変する政治潮流」と題したあるローカル新聞に2018529日朝刊に載った記事である。
 
 
私はいつもこの佐々木毅元東大学長のコラムを待っている人間である。さすがの視点に感服した。政治経済に興味を持った人間には、本当に痒いところに手の届く記事だと感心した。