毎月月末の金曜日はみんなが午後3時で会社を出る社会になる?--。官民挙げた取り組み「プレミアムフライデー」が2月24日から始まる。企業や官公庁が従業員らに早く退社するよう促し、買い物や旅行などをしてもらって消費を呼び起こそうとの狙いだ。残業から公然と解放されるならうれしいが、どれだけの人が早く帰れるだろう。そもそも長く低迷する消費がそんなことで上向くのか。【宇田川恵】
「ちょっと予想外でした。家でのんびり過ごしたい人がこれほど多いとは。休みを増やせば自動的に消費が増えるなどと楽観的に考えるべきじゃないってことですね」。そう話すのは博報堂行動デザイン研究所長の國田圭作さんだ。
その理由は何か。長内さんは3点を挙げる。まず、博報堂の調査で表れたように、外に向かわず、帰宅する人が相当数いるであろうことだ。2点目は、参加できる企業がどれほどの数に上るか。経団連に加盟する大企業や役所はともかく、日本で大半を占める中小企業は今や、人手不足に窮しているのが現状だ。
3点目は、金曜に物を買えば、土日曜に買い物を控えるなど、消費の前倒し効果しか期待できそうもないこと。消費が一瞬増えても、反動でその後、減る懸念さえある。
「そもそも家計の懐が温まっていなければ、消費には向かいません」と長内さんは言い切る。労働時間が少し減ったとしても、その分、所得が削られたりすれば、かえって消費は冷え込んでしまう。
家族社会学を専門とする中央大教授の山田昌弘さんも、強調する。「時間がないから消費できないというのはバブル時代の話です。今、お金に余裕があるのは高齢者で、現役世代はお金がないから使えない。足りないのは時間じゃなくて、お金ですよ」。皮肉まじりに続けてこうも言う。「消費拡大のためには、むしろ空いた時間を副業に使い、お金をかせいでもらった方がよほどいいかもしれない」
長内さんは「重要なのはまず賃上げをしっかりすること」と強調する。消費低迷の最大要因とも言える節約志向は人々の不安から来る。これをぬぐい去る有効な手立てが賃上げだ。ただ2017年春闘の見通しは甘くない。14年以来、3年連続で2%を超えてきた大企業の賃上げ率が今年も維持できるかは微妙だ。とはいえ、経済界が本当に消費喚起を望むなら、プレミアムフライデーだけでなく、賃上げこそ真剣に取り組むべきだと言えよう。
政府はプレミアムフライデー導入で「働き方改革」につなげたいとも狙う。働き方改革は安倍政権の重要課題として浮上している。
実際、長時間労働の改善などにつながるだろうか。山田さんに見通しを聞くと、「政府が主導するのはいいこと。ほんの少しずつでも改善の可能性は出てくる」と話す。多くの企業で残業が常態化し、長時間労働が当たり前になっているのは、上司や同僚の目を気にして定時に退社できないなど、日本独特の気質や慣行があるためだ。「日本は横並び主義で、ありとあらゆることが自主的には変わらない。政治主導でも何でも、上から圧力をかけ続けることでしか現状は変わらないんです」
ただ心配もあるという。最大の懸念は、金曜午後の労働時間を削った分、他の曜日の残業が増えるなどしわ寄せが生じて、結果的に労働時間が削減されないことだ。「プレミアムフライデーで足りなくなった労働力は、残業などで補うのではなく、新たに人を雇って仕事を分かち合う『ワークシェアリング』で対応すべきです。1人当たりの労働時間を減らしたうえで、雇用が増えるなら、働き方改革は前進する」と山田さん。多くの企業が雇用増まで踏み込むかは未知数だ。だが大きな注目点ともいえる。
一方、企業に働き方の改善指導などをしている「ワーク・ライフバランス」の社長、小室淑恵さんに尋ねると、「重要な流れが来ている」と指摘する。「つい最近まで、経済界は労働時間の削減は日本経済の成長を阻害すると主張してきました。でも、ようやく、働く時間を制限した方が経済が活性化するんじゃないか、という逆転の発想が出てきた」。長時間労働は男性の育児参加を阻み、過労死につながる危険もあるうえ、少子高齢化など国力を弱める事態を招く。プレミアムフライデーの前提には、そうした現状をとらえ、改善しようという考えが社会的合意になってきたことがあると言うのだ。
中小企業を中心に人手不足は深刻化している。だが小室さんは中小企業ほどプレミアムフライデーをうまく利用すべきだと訴える。「単に福利厚生ととらえてはいけない。今の学生たちはブラック企業にだけは就職しないという意識がとても強い。プレミアムフライデー導入企業という看板は、優秀な人材を呼ぶ重要な手段になるはずです」