3.11大震災直後に職員の永年勤続表彰の副賞用の銀杯を国費買っていた東北農政局(仙台市青葉区)これが公務員の実態である

 東日本大震災の復旧・復興事業を担う東北農政局(仙台市青葉区)が職員の永年勤続表彰の副賞用に毎年度、国費で銀杯を大量に購入していることが28日、分かった。農林水産省は全国的にこの制度を実施。震災直後に2011、12両年度の購入分の入札を実施しており、被災者の反発を招きそうだ。
 同様の制度は地方自治体にもあるが、財政難や前時代的などの理由で多くの自治体が副賞授与を取りやめている。
 農水省によると、銀杯は純銀製。表に日本国の桐(きり)紋が彫られ、裏には「農林水産大臣 ○年勤続」と刻印されている。直径約7.5、9、10.5センチの3種類があり、20、30、35年と勤続年数に応じて授与される。35年勤めて退職すると3種類がそろい、三段重ねになるという。
 銀杯の販売業者は農水省が毎年度実施する入札で決まり、東北農政局など組織ごとに買っていた。11、12両年度の分は震災後の最大の余震が発生した11年4月7日、東京の企業が落札した。
 官報によると、個数と落札額は震災後の3カ年度で計約6650個、計約6540万円。東北農政局は計約560万円(単価6260円~1万3810円)を支出して各年度の落札業者から計約590個を購入し、職員に与えていた。
 副賞は農水省の職員表彰規定で「授与することができる」と記されており、少なくとも規定ができた1953年から授与を続けてきたとみられる。宮城県仙台市も時計などを職員に渡してきたが、財政事情の悪化に加え、「時代にそぐわない」などとして震災前に表彰状の伝達だけに切り替えた。
 農水省秘書課の担当者は「11年4月7日は落札業者が決まっただけで、その時点では購入していないし、震災関連業務はおろそかにしていなかった」と説明。「ただ一般の方がどう思うかということもある。無駄なことはやめようという視点はあるので廃止を含めて検討する」と話している。

これ「震災後、国費で銀杯大量購入・東北農政局」と題した河北新報の10月29日水曜日の報道記事である。

 東日本大震災の被災地でガスなどのライフラインが途絶え、一部地域で食料不足が続いていた時期に、農水省職員のための銀杯が、税金を原資に大量に落札されていた。復旧・復興事業の旗振り役による被災感情を無視したような対応に、被災者からは批判の声が上がった。
 官報によると、銀杯販売業者の2011、12両年度分の落札者が決定したのは、震災から1カ月もたっていない11年4月7日。同日は深夜に宮城県北部と中部で震度6強の余震が発生し、東北は広範囲で停電したり、高速道や鉄道網が寸断されたりした。
 当時は石巻市で都市ガスが復旧せず、政府が被災地向けに確保した食料が避難所まで届かないという問題も解消されていなかった。そこに再び襲った激しい揺れ。ガソリンスタンドの前には給油を待つ車両の長い列ができるなど社会の混乱が拡大した。
 4月の余震で岩沼市の自宅が倒壊した仙台市太白区の「あすと長町仮設住宅自治会」会長飯塚正広さん(53)は「被災者がまだ避難所にいた時期なのに節操がない。怒りを通り越してあきれる」と農水省の対応を非難。
 職員用の銀杯に国費を投入した点について飯塚さんは「11年4月7日の時点で発注をやめるべきだった。時代遅れのあしき慣習はやめ、日本農業のかじ取り役としての責任を全うしてほしい」と話した。

こっちも「<震災後銀杯購入>被災者感情を無視」と題した同じ日の河北新報の報道記事である。

 とにかく、この日本国と言う国は政治屋と役人・公務員王国と言っても差し支えないようだ。問題なのはいつもそうだが、事が起きる度、その不祥事の度にそのトップが数人「このような事は二度と起きないようにしたい」とか何とか言っちゃって「大変申し訳ない」と雁首を下げて謝るのが常であるが、その舌の根も乾かない内にまた同じをして、その繰り返しである。議員は最終的には落選させて普通のただの人に出来るが、困ったのは役人・公務員たちである。彼らには法律と言う壁があり、結果的に刑事で問える時位しかクビに出来ないからである。何の事無い、国民へのタカリそのものである。私は提案したい。雁首を下げて謝る時に二度あれば私は辞める覚悟である事を、マスコミの前で宣誓させたい。そうすれば辞めなければならなくなるから、「ほとぼりが冷めるまで」の甘い気持ちが払拭出来、その人間は真剣に仕事しなければならなくなるから、普段たるんでいる(やってもやらなくても給料やボーナスもらえる身分)役人・公務員たちに活を入れる意味でも一石二鳥である。そのためにも1度は公の前で誤るような悪い事1度はさせたい。これが長年見て来た役人・公務員たちへの私の希望でもある。