あまちゃん風に「おら一人でホテル泊ったどー」

 6年前の小脳出血で倒れて以来、必死のリハビリのお陰で、先々週の月曜日、一人単独でホテルに泊まった。これは私にとって本当に画期的な出来事であった。
 私は平成19年の暮れ、それまでの無理がたたり会社休日の土曜日、一人で出勤し書類の整理をしていた際に倒れてしまった。三途の川の際まで行って来たが、運よく向こう岸に渡らず、現世に帰って来た。その時家族は、主治医に、身近な人にお知らせをとまで言われたらしいが、生来の負けず嫌い、何とか生きて戻ってこれた事は奇跡とまで言われた。その時以来面会謝絶にしたお陰で、今もって当時を知る知人等関係者は、××さん生きてらしたんですか、と不思議そうに言われる事度々である。幸運にも、脳卒中特有の麻痺は無く見た目は、何処も悪くない普通の人間に見えるが左手足が失調ぎみである。ただ小脳出血のため、バランス感覚をやられ、自立歩行が困難である。お酒の好きな人には解ってもらえるが、丁度酒に酔って、真っすぐ歩けない、いわゆる千鳥足と全く同じ状態である。だから毎日二日酔い状態で、上を見れば天井がグルグル回っているように見えるし、左右の目の焦点が合わないので片目である。だから毎日すっきりしない状態で不愉快なのである。しかし、思考状況には影響は無く、机上の仕事は普通人と変わらなく出来るのである。
 自立歩行出来ないとはどういう事かと言えば、傍らで身体を支えて貰う介護人を必要としなければ勿論歩けないのである。そうでなければ、歩行器の助けを借りての歩行器歩行である。丁度年取ったおばあさんが、押して歩くあの歩行器である。
 リハビリは、出来るだけ歩行器の助けを借りずに、自立歩行の訓練として、早く歩く訓練である。あくまでも早くなのである。健常者の方から見れば、そうではなくゆっくりではと思われるであろうが、逆である。何故ならゆっくりが一番大変なのである。恐らく皆さんは歩く事に何の疑問も湧かないと思うが、私みたいに歩けない人間にしてみれば、歩く事は、片足立ちが出来なければ出来ないのである。そう、歩く事と言うのは片足立ちの連続なのである。つまり前記した早く歩く事は、長い片足立ちが出来ないために、早めに反対の足に移らなければならないために、早足になってしまうのである。ゆっくり歩くと言う事は、片足立ちが長く出来るからゆっくりと歩く事が出来るのである。
 私はそのために、毎日それこそ365日1日の休みも無く朝夕必ず、500mずつ、2回の自立歩行訓練は欠かさない。病気当時は100m2分位かかってたのが6年後の現在100m3分の1の40秒くらいで歩けるようになったのである。だから早く歩く事はもしかしたら健常者の方より早いかもしれない。そこまで出来るようになったのである。3年ほど前より、温泉の大浴場に1人で入れるようにはなっていたが、あくまでも傍らに誰か必ず介護者がいなければならなかった。何泊かの旅行もそうであった。
 今回妻が久し振りの大学のクラスメートとの1泊同窓会である。私はいつもはショートステイの介護を利用してたが、今回意を決し、単独でのホテル1泊を計画した。妻は強硬に反対した。何故なら、1泊しても1人にした私が心配で楽しさなんて吹っ飛ぶから厭だと言うのである。それを何とか納得させて、挙行したのである。妻の心配をいくらかでも少なくするために、私は身障者が泊れる、車いす専用の部屋を探しそれにした。しかも大浴場のあるホテルを探し当てたのである。私は何が駄目かと言えば、あのホテル特有の一体型ユニットバスのバスタブの滑り易さである。しかも捕まる手すりが無いからである。危なくて入ってられないのである。(滑るからである)
 そうやって一泊ホテルに泊ったのである。快適だった。だが問題は朝食だった。例のバイキングである。一人だとどうしても、お盆にお皿、それにコーヒーを乗せて車椅子ではとても無理であった。そしたらホテルの従業員の人が、全て手伝ってくれた。話を聞けば、その人、フロントより私の事連絡を受けて、待機してたのだと言う。嬉しい事に、洋食の好きな私はお陰で、温かいパンとスープや美味しいコーヒーを何倍も飲む事出来たのである。
 さて問題は夕方に迎えに来る事になっていた妻が来るまで、どう過ごすかと言う事にある。前々からさもありなんとして、好きな美術館傍のホテルを取っていたが、そのホテルまで約1kmくらいある。妻にはタクシーでとくれぐれも言われていたが、かねてよりこの時とばかりに、歩行練習を兼ね、歩く事にした。普段自宅と会社の傍らの私道で練習していたから、出来るだろうと思っていたが、実際歩いてみると、考えていた場合とは全然違った。何故かと言えば、思った以上の公道の勾配である。私のような歩けない者にはこの勾配がかなりキツイのである。高低さと言った方が良い。登りは何とか出来るが、大変なのは下りである。この下りは知らない内に引っ張られるように、早く歩かされる感覚になる。これは本当に危険なのである。止まる事出来なくなるからである。これは本当に怖いくらい恐ろしい。普段自宅の廊下で練習していたが、建物の中の廊下と言うのは、恐ろしいくらい平で、かなり楽なので、外とは雲泥の差と言える位である。それに慣れてしまうとそうなっちゃうのである。いづれにしてもその日、ホテルから約1km離れた美術館まで無事に、歩けたのであった、約2,000歩あった。好きだった美術館のイベントぶじ見る事が出来たのは言うまでも無い。目出度し目出度しであった。