何かあるとすぐに「労基署に告発するぞ!」と会社を脅す「モンスター社員」をご存知だろうか。彼らの暴走のせいで、本来守られるべき人々の権利が守られなくなっている。そればかりか、会社の採用方法にも悪い影響を及ぼしているのだという。
労基署職員が「そんな人、辞めてもらえば?」
先日、著者が友人の中小企業の人事担当に聞いた話です。採用したばかりの若手社員に「入社前と話が違う。労基署に相談する」と言われたので、地元の労基署に、会社としてどこに問題があったのかを相談しに行ったそうです。
ところがそこのベテラン風の職員の第一声に、友人はとても驚きました。
「そんな人、とっとと手続き踏んで話し合って、辞めてもらった方がいいんじゃないですか?」
だったというのです。
労働者を守るはずの労基署の発言とは思えません。労基署でいったい何が起こっているのでしょうか。
まずは、友人の会社で起きたトラブルをおさらいしておきましょう。
新入社員が「入社前と話が違う」と言ったのは、会社のある方針に関してでした。その方針とは、営業職で採用した20代中盤の社員には、自社製品を知ってもらう研修の位置づけで週の半分は工場に勤務することを「当面」続けるというものです。
会社は、入社前に「製品を知ってもらうために、色々な仕事を経験してもらう」ということは話していたものの、工場に行くに通勤時間が30分長くなるということまで伝えられていませんでした。また、「当面」の期限を明確にしていませんでした。
30分という時間が長いか短いかは人それぞれでもありますし、「当面」というのが半年なのか3年なのか、それらがまた長いのか短いのかという判断も人それぞれだということを理解して、会社は事前にきちんと伝えておくべきでした。
これは、それなりに判断が難しいケースであり、労基署はきちんと話を聞くべきでした。しかし労基署の反応は冒頭申し上げた通り。
なぜ労基署はこうした対応をしてしまったのでしょうか。
その背景には、少しでも気に入らないことがあると「労基署に駆け込むぞ」と暴走する「モンスター社員」が増えているという事情がありそうです。
「いくらなんでもそれは…」
たとえば、前出と別の会社の例では、中途採用したばかりの契約社員がある朝出社してこないので「?」と思っていたら、「正社員で雇用される転職先が決まり、月の変わり目である来週頭から来てほしいと言われました。だからもう出社せずに有給を消化します」と電話がかかってきました。
「いくらなんでもそれは…」といなしたところ、「労働者の権利を侵害した! そんなこと言われても次のところに断られたらと思うと心労が重なってしまう。労基所に相談する!」といきなり怒鳴られって、電話を切られてしまいました。
担当者としては、言葉だけだろうと思っていたのですが、その日のうちにその契約社員は本当に労基署に行ったそうです。
ところが労基署でも「あなたそれはいくらなんでも…一定の期間をもって退職は告げるという法律もあるし、内規で1ヵ月前までにとあるのであれば、それを守らないと」といなしたところ「話にならない!」と言って、自分で調べて社長のみならず片っ端から株主にも告発状を送りつけたそうです。
別の会社では、業績不振により1つの拠点を閉鎖するときに、一部の人は割増退職金を用意して円満に辞めてもらい、一部の人は配置転換に回ってもらうべく個別に面談をしていました。
ところがそこで最も感情的にもなってもめたのは、在籍期間が最も短い、週1日だけ出勤していたパートの人でした。「諸々の書面を出してくれ」から始まるその人の主張は、正社員で長く雇用されていたことが前提になっているような内容でした。
そこをやんわりと諭したところ、労基署に相談に行ったそうです。ところが労基署の反応もほぼ会社のそれと変わりません。「あなたの主張は認められないでしょう」だったのです。すると、このパート社員から、社長宛に恨みつらみとお金の要望をしたためた手紙が届いたそうです。
なぜ「モンスター」が生まれるのか
労働者の権利は厳格に守られるべきことには誰も異論はないでしょう。もちろん私もそう思います。
しかし、ここまで見てきたような少し過剰な例が出てくることは、本当に権利を侵害されている人が損をすることになってしまいかねません。おそらく、そのことも多くの読者の皆さんにはご理解いただけるでしょう。
では、こうした極端な事例が起きるのはなぜなのでしょうか。
まず、労働人口の減少による会社と個人の交渉力の逆転が根底にあります。どこもかしこも人手不足ですので、良い人材かどうかはわからなくても、「相対的に良い」と思えれば採用に向かいます。一方、雇用される側は「いつでもやめられる」というカードをチラつかせることで相対的に発言力を強められる。
そして、ネットに情報が溢れていることやブラック企業が話題になったことを背景に、一般の人々の労働法や雇用についての知識が底上げされていること。興味がなかった人でもいざ自分に関わる問題が起これば詳しく調べられる状況です。
もちろんこの変化自体は悪いことではありません。しかし他方で、労働者を守るための法律を、自分の都合によって拡大解釈して行動する人も増えてきているようです。詳しく理解していない状態でも、とりあえずネットで拾った言葉を頼りに「**という書面を出して」とそのまま使ってしまうこともあります。
労働基準監督署にはそうした少し過剰な行動をしてしまった人たちからの相談が増えているようです。繰り返しになりますが、冒頭のエピソードのようなセリフが出てしまうのはそんな背景があってのことでしょう。
相談を受ける職員の側も分別がありますので、いちいち「とんでもない会社だな!」と一緒に目くじらを立てられないようなケースも増えているとのことでした。もちろんブラック企業に勤めていて深刻に悩んで来るケースも多いので、1つ1つ問題を丁寧に紐解いていかなければなりません。
年金の不正受給問題と同じようなもので、少数の悪い例が圧倒的多数の正常な人の印象を悪くしていることがあるのかと思います。
「モンスター」な行動は、本人にとっても損
何か小言を言われても、「労基署に相談する」と言えば会社・人事はビビる。だから新しく入った会社で気に入らないことが見つかれば、人生の大切な時間を無駄にしたことや経歴を汚したことと引き換えに、臨時の退職金を貰って辞めてしまおう――。そんな計算ができる人ほど、面接がうまかったりもします。
しかし、そうした行動をとることは本人にとっても長期的に見ればお得とは言えません。転職する際に人材エージェントを使った場合、入社後に会社とモメたとしたら、会社と従業員とどちらが正しいかとは全く別に、その情報はいかようにでも歪曲されて、間違いなくその人材エージェントには転職者のネガティブ情報として受け取られます。その人材エージェントもトラブルは避けたいので、以後相手にしないようになるでしょう。
同業他社同士で比較的交流のある業界なら、転職しようとした時にはレファレンス(社内でどんな様子だったかの確認)が入ります。「すぐに労基署に駆け込む」という評判が立てば、ちゃんとした会社はそれだけで採用を避けるでしょう。ちゃんとしていない会社にはレファレンスが取られないことが多いですが、その会社に入ることは果たしていいのかはわかりません。
新しく入った職場において理不尽な目にあっていると思った場合、いきなり労基署や社労士に相談したりする前に、とりあえず数日休んでみることです。辞めるにあたって真正面から不満をぶつけることよりも、モメることになったら何を失うかを考えることをお勧めします(もちろん会社が悪質な場合は別です。この点は強調しておきます)。
会社とモメた場合、短期的にはお金を得られたり、気分がスカッとしたりするかもしれませんが、失うものも大きいです。
社会全体に与える損害も大きい
「モンスター」な行動は、個人だけではなく社会全体に対しても悪影響を与えます。こうした極端な事例が増えてくると、会社も採用方法を悪い方向に変えざるを得なくなるかもしれないのです。
たとえば、良い人材を採るためにとりあえずたくさん採用して、見込みがないと思った人材に対しては、一人ひとりじっくり心を折るような話し合いをすることで辞めてもらうという方法に変えた方が効率的だ、と考えているような会社もあります。
ミスマッチを気にせず、大量採用、大量解雇を行うということです。クビにする力を備えることが、結果的に採用力を上げていくことになってしまいます。
普通の感覚であれば、時間をかけてインターンを行ったり、食事をしながらじっくり話すような場を重ねたり、アルバイトからの採用に限定するなどの手段によって人材の質を見極めていくことになります。ただそれは財務的にも事業的にも安定した会社でもない中小企業にとっては難しいでしょう。
会社の優勝劣敗が進むことになると、ますます大学卒業時の新卒一発勝負が人生を大きく左右することになりそうです。
モンスター社員の暴走は、こうした採用の難しさに拍車をかけているのです。 中沢 光昭
この世は正にSNSの時代、企業はガバナンスを忠実に守らなければ、このモンスター社員に会社を潰される事は当たり前の時代になってしまった。ちょっとした事でもマスコミに取り上げられれば、命取りになるは必定だ!今の企業や団体の不祥事、殆どが内部通報と言って良い。㊙事項が表に出てしまう怖い時代になってしまった。例え企業団体が専門的に良かれと思ってやってても内部通報者がそれを理解出来ない場合であっても、同じく世に出てしまいどうしようもなくなってしまう。この内部通報者、単に正義感でだったらまだ救いはあるが、これが賃上げ闘争に利用されれば非常に厄介になる。ガバナンス違反であれば形を変えた恐喝に近くなる。我々零細中小企業は、どーって事無い場合が多いが、大企業は大変だろうと思われる。そんな事で会社の屋台骨が折れ破綻も招く厄介と言う以上の一大事である。こんなヤツは常にその餌を探してる。こちとら経営陣は顔や行動、物の言い方で大体解るから、体よく事の起こる前から注意はしてるが、頭の良いヤツはそれも分かるから要注意だ!
いづれにしても厄介な世の中になったもんだ。