来年10月から消費税が2%引き上げられる。周知のように今回から食品などへの軽減税率が導入され、その適用の線引きを巡っていろいろと議論がある。つまり、それだけ仕組みが複雑になる。加えて、引き上げ後の反動減と消費の落ち込み、景気の悪化に対する対策が派手に議論されている。それがさらに仕組みを複雑にしそうだ。
さらに、中小小売店での買い物に限ったポイント還元策が話題を集めている。これはクレジットカードなどを用いてキャッシュレス決済を行えばポイントがつく仕組みで、当初増税分と同じ2%の還元が話題になっていたが、最近、首相の指示で還元率を5%に引き上げ、実施期間をオリンピックが始まるまでの9ヵ月間ということで検討に入ることになった。
このうちプレミアム商品券については、過去の似たような政策に照らして、財政出動の規模から大きく懸け離れた効果しか期待できない。また、プレミアムポイントについていえば、その目的は10%強に
しか行き渡っていないマイナンバーの普及拡大にあり、しかも、マイナンバーにポイン卜を貯めて地域の商店などで使える仕組みを準備する自治体がそれ程たくさんあるようには思えない。そこで中小小売店での5%還元に関心が集まることになる。
この政策は明らかに二兎を追っている。一つはもちろん消費の落ち込みを下支えすることであるが、もう一つは中小店舗のキャッシュレス化をこの際一気に加速することである。
政府は外国人観光客の増大を念頭にキャッシュレス化の比率を現在の2割から4割に高めることを目標にしている。ただし、ヤード決済を行うためには各店舗はカード会社に手数料を払わなければならないから簡単には進まない。もちろん、ポイント還元率が2%から5%に引き上げられれば、ヤード会社と店舗との交渉の余地が広がるであろうが。
この政策は明らかに中小支援政策であり、9ヵ月間は消費者を大規模業者の店舗から中小店舗に税金で誘導する政策である。商品はキャッシュレス化を前提に、税金で実質値引きされることになるからである。その結果、全体として消費の落ち込みが果たして下支えされるかどうかは、にわかに楽観はできない。
また、この二兎を追うことからする複雑さそのものが政策の有効性を阻害する最大の障壁になりかねない。すべてを「バラマキ」というつもりはないが、増税の度に大盤振る舞いしているような癖はそろそろやめるべき時代ではないか。
今度の消費税の引き上げは、民主党政権末期に成立した3党合意の最終仕上げである。この合意直後に盛立した安倍政権はデフレからの脱却を掲げ、アベノミクスを推進してきた。別の角度から言えば、消費税の引き上げに耐え得るような確固たる経済的基盤の構築がその目標であった。
未曽有の金融緩和政策などの効果もあって景気は上向いたが、消費税増税を巡る神経質な反応などを勘案するとアベノミクスの効果は限られたものであったことを、政権自身が自白しているように見えて仕方がない。財政面で余力が乏しくなる中で、先のような景気対策が続出するというのも同じことである。かくして進行するのは需要の先食いと後任者負担の増加である。
消費税は平成元年に導入された。言うまでもなく、到来する高齢化社会を見据え、その財源を広く国民に分担する税とされた。その後の政治はこの税を有効に管理し、活用するのに失敗し、あるいはそれを厄介もの扱いにした。消費税を使いこなすためには景気対策を越えて社会保障制度とその負担のあり方について国民とギリギリの踏み込んだせめぎ合いをする覚悟が必要であったが、政治はそれから逃げ、景気問題のレベルの問題にしてしまった。これは平成政治の最大の失敗の一つである。(元東大学長)