恒例の広島平和記念式典が開催され「核兵器禁止条約」に署名をしなかった我が国のトップの挨拶が式典にそぐわないと感じた

86日は、73年前広島に原爆が投下された日であり、以来我国は被爆国として、89日の長崎の原爆の投下と合わせて、平和を訴える国として、世界の「非核3原則」(作らず、持たず、持ち込ませず)をリードしてる唯一の国でもある。毎年原爆死没者の霊を慰め、世界の恒久平和を祈念するために今年もこの86日広島で平和記念式典が開催され、私も今回それを見た。毎年の事とは言え改めて原爆の悲惨さを再認識させられた。昨年よりわが国は戦後の総決算と言う意味合いかどうかは解らないが、長期政権を頂く安倍政権は、最後の総仕上げ的に、被爆国としてはタブーに近い戦争放棄憲法条文を含めた憲法改正を目論んでいる。国民にとっては身近な生活の糧には程遠いと思われる憲法改正が、経済成長に比例してない経済政策より優先されてる現状を憂いてこそすれ、賛意は出来かねると私は考えている。86日の広島の平和記念式典での広島市長の平和宣言や子供代表二人の平和への誓いと安倍首相のあいさつを聞けば、その考え方の乖離に驚くほどの違いを感じ、唖然とした。昨年国連において我日本は「核兵器禁止条約」に署名をしなかった。世界最大の被爆国なのにである。国全体として一番知ってる筈なのにである。それでありながら署名しなかった。それは何故か。アメリカの「核の傘」の下にある日本は、アメリカに配慮して賛同せず、被爆国として核の恐ろしさを訴えながらも核を否定できないと言うジレンマを抱えたからである。これではこの式典において我が国のトップと政治を司る中枢が、真の核兵器のない世界を望んでいるのかが見えてこないと感じた。挨拶の書き留めた文章の美辞麗句がいくら綺麗でも、あの式典での子供代表二人の平和への誓いを踏みにじる事になるのではと感じたからである。