広島長崎の平和式典での安倍首相の挨拶文前年のコピペだった?(恥笑)

 8月6日と9日に広島市長崎市の両被爆地でそれぞれ開かれた平和式典での安倍晋三首相のあいさつの文面が酷似しているとして、被爆者から「何のために被爆地まで来たのか。ばかにしている」と怒りの声が上がった。

 

 官邸のホームページに掲載された双方の全文を比較すると、両市の原爆投下からの復興を称賛した一文や、「広島」「長崎」といった地名などは異なるが、その他は段落数や構成、表現が同じ。結びの段落の言葉も「永遠の平和が祈られ続けている」「核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くす」などと完全一致している。

 

 

これ「首相の被爆地あいさつ、文面酷似 広島と長崎、何のために来たのか」と題した共同通信2020/08/09 23:22の配信記事である。

 

 

私は政治に興味を持って数十年、以来原爆被害の平和式典でのあいさつ文面はいつもDLしてみているが、この記事の通りである。拙ブログで6日の広島での式典の時点で、記事にしようとしたが経営してる建設の会社が公共工事を受注している関係上、会社を継いでいる息子にやめてくれと言われているため書かなかった。10数年前から政権批判を続けて来た私は、最近ブログのハンドルネームが私ではないかと関係者に疑われ始めていたためである。経営者としては政権党自民党支持者でなければスムーズな建設経営できないためである。私自身は今でも安倍さん嫌いだから自民支持者は遠くの昔におさらばしてる。

話を戻せばお偉方の挨拶分なんてお役人が考えるんだ、違う文面なんてやる筈ないし、できる筈もない! 承認のため目を通す部課長たちだって毎年の事である、前例踏襲主義が染みついてしまって、新しい文面なんて言う冒険なんぞする筈もないし、その方が楽だからできる筈ないのである。真剣にその式典を迎えるのは関係当事者と毎年その式典の実況をテレビで見る視聴者国民だけだからである。こんな楽な事するくらいなら、もう少し国家や地方の職員を何割か減らしてもよさそうにと思えるが、賢い国家や地方の公務員職員たちは何か仕事してないと、必要ないとして次年度以降予算を減らされる憂き目にあうため、ムダであっても必要悪的要素に見せてわざわざやってるのが現状である。こうやってみてれば、国や市町村職員つまり公務員と言う労働者が国の働き労働者の1/4を占め、破綻したギリシャの後追いは必然となるだろう。それに気付いていながら票欲しさに出来ずにいる与党自公の行く先はいづれ解るだろう!!