通常国会の会期末を間近に控えた週末、6月9日の夜だ。自民党幹部と官邸の安倍首相側近の2人は、私に同じことを話した。
「会期を10日間、延長することにした。テロ等準備罪(いわゆる共謀罪)法案はいずれは採決するが、強引にやり過ぎてもまずいだろう。10日ほど延長して粛々と採決。加計問題も集中審議くらいはやって安倍首相が反省を口にして終わり。23日には都議選が告示されるから、22日くらいまでに法案を上げて加計問題も区切りをつければいい」
加計学園の獣医学部新設をめぐっては、「総理のご意向」などと書かれた文書が文科省の官僚らから公に晒(さら)され、認可をめぐって行政の手続きを逸脱した不当な圧力が官邸からあった、との疑惑が問題化した。
このため、文科省が文書についての再調査を約束したのが9日だった。共謀罪も加計学園問題も、少し会期を延長し、そこそこに形を付けて終わらせようという意思がこの日、政権内でいったん集約されたのだった。ところが、週が明けて事態は一変した。
「共謀罪の強行採決は相当批判され、支持率も下がるのは分かっていた。だが、それどころではなくなった。つまり、それだけ加計問題の追及に追い詰められた」
「内閣府とのやり取りの文書について調べたところ、“怪文書”ではなく、文科省職員の間で共有されていたものだとはっきりした。さらに、告発した前川喜平前文科事務次官に続き、現職官僚たちが覚悟を決めて他にも文書や証言なども出て来そうだと分かった。また、菅義偉官房長官が記者会見で、自らの過去の発言について記者に詰め寄られる場面も出てきた。このまま、追及が続けば、共謀罪の比ではない。政権には大打撃になりかねない。それで国会を閉じると決めた」(同)
官邸の首相側近の一人は、「ある程度の支持率下落は予想したが、想像以上だ。手を打つ必要がある。安倍首相もそこは考えている」
と話す。加計学園問題への影響を軽減するために数々の「上書き」を進めているというのだ。「上書き」とは何か。自民党幹部が言う。
「まずは外交です。7月にはG20が開かれますが、そこで安倍首相は日米韓の首脳会談を行うよう指示を出しています。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が誕生して初めて。しかもここで、北朝鮮に対する連携をアピールするつもりです。その足で、北欧などヨーロッパで積極外交を予定。過去、安倍首相は内閣支持率が下がった時、直後に外交をやって支持率を回復している。外交は、支持率回復の手段と安倍首相が自信を持っています」
「もともと、通常国会を終えたら首相は内閣改造に踏み切ると見られていた。いまの閣僚たちは政権の足を引っ張りすぎる。稲田朋美防衛相は森友学園との関係について答弁が二転三転。共謀罪法案審議での金田勝年法相の迷走答弁。こうした大臣を代えるのは、既定路線だ。あとはタイミングの問題と言っていい」
さらに加計学園問題のマイナスイメージを一新するにも、内閣改造は必至だ。「政権にプラスになるためには、どんな新顔でイメージを変えるかが、最大のポイントだ」と話すのは、前出のベテラン議員。
「人事一新で支持率を回復させるため、橋下徹前大阪市長を民間登用するのではないか、と見る向きが多い。橋下氏は最近、日本維新の会の政策顧問を辞めた。維新の松井一郎代表(大阪府知事)は、“(橋下氏は)中立の発言を確保するため”と話しているが、自民党内の一部では、入閣に備えて中立の立場になった、と解釈しています」
「省庁の大臣ではなく、安倍内閣の新しい政策スローガンを担当する特命大臣じゃないか。『1億総活躍』のように新たな看板を作って全国を回りシンポジウムをやったり、国民運動的な役割を行う。内閣のムードメーカーだ」(同)
「党の農林部会長として新境地も開拓した。そろそろ入閣してもいい。安倍首相としては、来年9月の総裁選で小泉氏が反安倍候補の応援に回らないためにも、閣内に抑えておきたいというホンネもあるだろう」(自民党5回生議員)
「安倍首相にとって、今度の内閣改造は支持率回復と同時に、来年の総裁選に直結する。二階さんはいち早く3選の環境を作った人物で、留任以外にはない。菅さんは今回の加計問題の処理で、もたついたところもあるが、じゃあ、菅さん以外に政権のガバナンスを誰がやれるか、というと他にいない。来年は憲法改正論議も具体化する。二人は留任でしょう」(首相に近い自民党幹部)
「麻生さんは、安倍政権が続く限り首相を支えると言っているが、大宏池会構想で次の総裁選で“ポスト安倍”に向けた準備をしている、との警戒感が安倍周辺にある。閣内にいてもらうのがベストだろう」(同)
6月19日には加計学園問題で新文書が出てきた。首相側近の萩生田光一官房副長官が、文科省に獣医学部新設を迫ったという疑惑だ。萩生田氏本人は全面否定しているが、こうした文書をはじめ、別の文書や新証言が出てくる可能性はある。
「萩生田発言の文書だけではない。もっと凄(すご)い文書が出てくるとの情報もあるし、官邸内で別の大物の名前も浮上している。さらに、前川氏自身が明らかにしていない新証言もあると聞いている」(民進党幹部)
そして23日に告示された東京都議選――。
無党派層が圧倒的に多い東京の場合、加計学園問題など中央の政治課題は投票行動に常に影響を与えてきた。都議選で自民党が敗北すれば、党内での安倍首相の求心力は弱体化する。自民党選対幹部が言う。
「告示前の自民党の世論調査では、小池百合子都知事率いる都民ファーストの会を自民党が一時リードしたが、再び44議席対42議席で逆転された。加計問題がピークの会期末に行った調査だから、明らかにその影響。野党は早期の臨時国会の召集を求めているが、自民党は逃げれば逃げるほどマイナスのイメージは広がる」
自民党の当選回数の少ない都議候補の中からは「安倍首相や幹部らの応援が果たして選挙にプラスなのか」と、安倍首相らの応援を拒否する声も聞こえてくる。
さらに、22日には埼玉選出の豊田真由子衆院議員による元男性秘書に対するパワハラ暴行疑惑を週刊誌が報じた。元秘書をなじるショッキングな音声データまで出回った。「都議選への影響を考え、執行部はその日のうちに豊田氏を離党させた」(都連幹部)が、「選挙に突入したら、自民党と都民ファーストの会が、無党派層の取り合いになる。その直前の豊田氏の疑惑は痛い。加計問題と豊田問題は、無党派層が自民から離れる“爆弾”になり得る」(前出の若手候補)