自民党のムードが変わってきた。首相官邸が打ち出す政策に党が関与できない「政高党低」が続いてきたが、今年に入って集団的自衛権の行使容認論などを巡り、党内から安倍晋三首相への異論が聞こえるようになったのだ。「自民1強」ならぬ「安倍1強」と言われる自民党で何が起きているのか。
◇「最高責任者は私」答弁巡る「陰謀論」
永田町で、ある「陰謀論」がささやかれている。
「私に答弁させなさいよっ。オレ、総理だよ?」
発端は12日の衆院予算委員会、安倍首相が声を荒らげた。この日、民主党の大串博志議員が「集団的自衛権行使は憲法解釈の変更で可能か」を問い、内閣法制局次長らに何度も質問した。首相は身を乗り出して何度も手を挙げたが、大串氏は無視。二階俊博予算委員長も首相をなかなか指名しなかった。約20分後。ようやく答弁を許された首相はまくし立てた。「(憲法解釈の)最高責任者は私なんです」
首相交代のたびに解釈が変更されれば、憲法は空文化する。憲法が権力を縛る「立憲主義」の基本から批判は当然だ。「問題はこのいきさつだ」と自民党の中堅議員は語る。「安倍さんは『答弁させてよ』とぶつぶつ言って、相当イラ立っていた。やっと指名されてフラストレーションが爆発し、あの発言になったのではないか。『二階さんはしたたかだな』と思ったね」
二階氏は自民党総務会長や経済産業相などを務めた重鎮。中韓問題に詳しく、安倍首相の靖国神社参拝や政権運営に不満が強いとされる。だから安倍首相をイラ立たせ、失点となり得る発言を引き出した??という見方だ。「二階さんは絶対に腹の内を見せないから真相は不明だがね」
政治ジャーナリストの後藤謙次さんは「うがった見方かもしれないが議事進行に安倍さんがキレた、というのはあるでしょう。そもそも安倍さんが二階氏を委員長にしたのは政権運営や自分の外交政策に批判的な発言や行動を封じるためで、それは二階さんも分かっている。その意趣返しかもしれない。いずれにせよ古手や宏池会などの保守リベラルが、今の政権運営に不満を抱き続けているのは事実です」と分析する。
総務会は1月にも、閣議決定された成長戦略の工程表を「事前説明がなかった」と批判、承認を一時見送った。首相批判の急先鋒(せんぽう)となっているのが村上氏だ。特定秘密保護法にも異を唱え、昨年11月の衆院採決を自民党で唯一退席し、抗議の意を示した。「予算委の首相答弁? 俺が野党なら審議を止めて懲罰動議を出すよ。首相答弁はそれくらい危うい。憲法の存在意義を無視しているよ」
怒りの矛先は政権運営に及ぶ。「政策だって党内議論が不十分なまま官邸がポンと出す。だから特定秘密保護法のような野党に質問されたら答弁がコロコロ変わるようなものが国会に出る。昔ならあり得ないよ。でも首相や官邸に不満があっても若手もベテランも怖くて言い出せない。小泉純一郎元首相が郵政選挙で派閥を壊し、人事も公認権もカネ(政党助成金)も事実上、全部官邸が握ってしまったからね。俺の師匠は戦前、旧制高校時代に反軍演説をぶち、放校になった河本敏夫先生だ。正しいと思ったことは言わねばならない。だから口火を切ったんだ」
◇「靖国参拝でちゃぶ台ひっくり返して自爆」
あるベテラン議員が明かす。「税制見直しは官邸の方針だったが、復興法人税を廃止し、法人税を下げても企業の内部留保にしか回らないと党税調は反対した。長老格、野田税調会長も慎重派。でも安倍首相側近が『税調はやる気がない』と官邸に注進したため、野田さんらが官邸筋に『反対するなら会長を代える』というニュアンスのことを言われたそうだ。党税調は昔は官邸も口を出せない要職中の要職だったが……」
官邸から党ににらみを利かせるのが首相の盟友・菅義偉官房長官。さらに萩生田光一総裁特別補佐、衛藤晟一首相補佐官ら古くからの側近が周辺を固める。党執行部にも安倍氏に近い野田聖子総務会長、高市早苗政調会長が座る。人事権やカネの集中に加え、首相が復党させた野田聖子、衛藤両氏ら郵政造反組を要職に配したことも力の源泉とされる。「首相周辺の重要会合から外されている」(ベテラン議員)と言われる石破茂幹事長ですら表立って政権批判はせず、安保政策では首相と軌を一にして党内の批判の火消し役に回る。
ただ「政高党低」は今に始まったことではない。なぜ今、批判が出るのか。
前出の中堅議員は「靖国参拝でちゃぶ台をひっくり返してくれたからね。あれには(安倍首相出身派閥の)清和政策研究会の重鎮たちも頭にきているという話だよ。安倍さん、自爆したね」とポツリ。後藤さんが解説する。「安倍さんは衆参選挙で圧勝した。永田町で一番偉いのは選挙に強い人。だから反安倍派も批判できず黙っていた。でも昨年末の靖国参拝が米国の『失望』を招き、これが反安倍派や党重鎮がモノ申す大義名分になった。清和会には今の外交を築いてきたと自負する人もいるから、内心は穏やかではないでしょう。もともと安倍さん、親米じゃないから」
都市伝説めいた話がある。自民党の今年の卓上カレンダー。月ごとに党の節目となった場面の写真が付いている。1月は首相の祖父・岸信介首相がアイゼンハワー米大統領と交わした1960年1月19日の安保改定調印式の場面。今年の党大会の日と重なる。「戦後レジーム脱却」を模索する首相の決意を示すサインではないか、というわけだ。
党大会は毎年この時期で、単なる偶然のようだが「安倍首相は岸さんが米国にA級戦犯容疑者とされたことに強いわだかまりがある。カレンダー一つとっても安倍さんのベクトルに結びつけてみるような雰囲気が党内外にある」(後藤さん)。村上氏はさらに率直だ。「安倍さんがやりたいのは戦犯容疑者とされた祖父は正しかった、と証明することさ。私だって靖国参拝を他国にとやかく言われたくないが、アベノミクスを成功させたいなら中韓との関係は大切だろ。ではなぜ参拝したか。大局観を持って直言する人物が官邸にいないからだ。だから『お友達内閣』のままなんだよ」
◇ちらつく内閣改造、人事カードでけん制
安倍首相が「好循環実現国会」とする今国会。だが党内の批判が高まれば、目玉となる成長戦略の各種法案成立に影響が出かねない。4月の消費増税による景気減速が心配されるだけになおさらだ。そこで6月の国会閉会後に切られる公算が大きいのが内閣改造などの人事カードだ。ポストをちらつかせて批判を封じる狙いだ。
「当面のヤマは米オバマ大統領が訪日する予定の4月です。ここで強い日米関係をアピールできないと今後の政権運営に響くし、人事カードも効果に乏しいかもしれない」と話すのは元テレビ朝日政治部長で中央大特任教授の末延吉正さんだ。大統領訪日に合わせ、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の日米合意に向けた共同声明を出すなどして結束をアピールする可能性もあると見る。「来年は春に統一地方選、9月には総裁選がある。それまでに景気回復に向けた足腰が定まっているかどうか。これで総裁選の様相も変わってきます」
その総裁選、前回総裁選で安倍氏を上回る党員票を獲得した石破幹事長や前総裁の谷垣禎一法相の再登板が取りざたされている。ベテラン議員は「石破さんは自民党を離党した過去が負い目で生え抜き議員の人気がない。谷垣さんは人気があり、穏健派で外交的に有利になるという擁立論だが、選挙の顔になるか疑問。現状では安倍さんが『当確』だね」と話す。
後藤さんの見方は違う。「党内批判といってもまだごく一部。ただ政権運営がうまくいかず、さらに来年の統一選で取りこぼしが相次げば、宏池会や旧経世会系が結託し、共通の総裁候補を立てる可能性がある。これは安倍さんも怖いでしょう」
「千丈の堤も蟻穴(ぎけつ)より崩る」という。盤石に見える安倍氏の足元はどうか。【吉井理記】
これ「特集ワイド:続報真相 「安倍1強」自民に変調」と題した毎日新聞2月28日 東京夕刊の報道記事である。