私は戦後の昭和22年生まれのベビーブーム世代である。世代と言ってしまえばホントお恥ずかしい話だが、我々が生を受ける前、世界大戦が終わり我々の親父世代が戻って来て生まれた世代であり、当時荒廃した我がニッポンがその後飛躍的に経済発展した、その一翼を担った世代でもあり、当時寵児と言われた世代でもある。その世代も今や後期高齢者になり孫世代にお世話になり、人生の終焉を待つ身になってしまった。その我々ガキの世代には今のような暑さでは無かったと記憶している。真夏日と言われる外気温30℃なんて言う気温等稀であったと思う。それが今はどうだ、天気予報等見れば真夏日を通り越し酷暑日の35℃さえも通り越し猛暑日と言われる40℃までにもなって居る。最早体温37℃よりも高いのである。これは団扇(うちわ)で扇(あお)いでも体温37℃よりも高い外気温だ、当然扇(あお)いでもかえって暑くなるのが必然の理である。
私事ながら私は1966(昭和41)年の2月東京での大学受験に失敗した。親に迷惑を掛けれないと悟った私は、働きながら学ぶため再度上京した。そして翌年入試合格した私はその一年と学生時代を合わせた5年の東京生活でも今みたいな夏の暑さは無かった。
現在我が日本の総人口の約1割を有する東京、また労働人口はその数倍にも跳ね上がる。当然にその建物数も天文学的に跳ね上がる。その建物から吐き出されるエアコンの室外機の熱風は異常熱と言っても良いだろう。最近の天気予報、熱中症を避け危険を守るため、エアコン等酷使して命を守る事を奨励してる。これは、悪い例えだが警察官が自動車のスピード取り締まりのためのレーザー検知器とそれを検知するための感知器の争いよろしく、常に追っかけっこしてるのに似ていると思う。
あの大都会東京からの室外機の熱、途轍もない熱さと思われる。これでは外気温1~2℃上がっても不思議はない。やはり我々人間全員1日位暑さを我慢してエアコン避けるのも一考なのかも知れない。