華やかにプロ野球のポジで米大リーグに行ける選手は一握り その陰で非情に戦力外通告を受ける選手を思えばこのギャップを考えると涙が出る

 昨季限りでオリックスを退団した佐藤世那投手(21)が5日放送のTBS「バース・デイ」(土曜後5・00)に出演。2015年夏の全国高校野球選手権で準優勝投手になってからわずか3年で戦力外通告された苦悩の日々を明かした。
 佐藤は仙台育英(宮城)のエースとして3年夏の甲子園で準優勝。準決勝では当時1年で“怪物”と呼ばれた清宮幸太郎内野手(19=日本ハム)擁する早稲田実西東京)を完封するなど甲子園のスターに上り詰めた。チームメートの平沢大河内野手(21)がドラフト1位指名を受けてロッテ入りする中、自身はドラフト6位でオリックス入り。だが、1軍登板が1度もないまま、入団から3年後の昨年10月に球団から戦力外通告を受けた。
 父親も「楽しかったんですよね、あの時間が。幸せな思いをさせてもらった」と振り返る夏からわずか3年での戦力外。「この年(21歳)で職を失うとは思っていなかった。見返してやりたい思いが強い」という佐藤は、同じ東北出身で同じ甲子園準優勝右腕でもある金足農(秋田)の吉田輝星投手(17)が日本ハムからドラフト1位指名された昨秋のドラフト会議を横目に「今こういう風にドラフトを見るというか、戦力外(通告)を受けるっていうのは正直考えてなかったですね。自分が活躍する姿ばっかり想像していたので…」と複雑な表情を浮かべた。
 
 それでも、現役続行を懸けて11月の12球団合同トライアウト参加を決意。だが、トライアウトに備えてオリックスの練習場に足を踏み入れても自分の中で以前とは何かが違った。コーチ陣にはあいさつしたものの、秋季練習中の元チームメートの姿に「行きづれー…」。思わずそう漏らした佐藤は、現役選手には声をかけることすらできなかった。
 「行きづらいですよ。あっちからしたら関係ないと思うんですけど、自分としてはあんまり行きたくないですね。ユニホームを着てるんで、やっぱり。もどかしいですよね、いざこうなると。仲悪いとかじゃないんですけど、なんかこう不思議な感じで居場所がないっていうか」。戦力外を受けて初めて感じる“心の壁”。結局、練習を始めることができたのは現役選手が帰った後で、無人のネットにひたすらボールを投げ込むことしかできなかった。
 
 高校時代はMAX146キロの力強い速球と鋭く落ちるフォークボールを武器に甲子園準優勝。だが、プロ入り後は2軍でも打ち込まれる日々が続いた。「高校生の時みたいには振ってくれない」と佐藤。プロ入り3年目の18年シーズンには慣れ親しんだフォームを捨て、サイドスローに転向。だが、その結果、直球のスピードは130キロ程度にまで落ち込んだ。1989年パ・リーグ新人王で、3年間指導してきた酒井勉育成コーチ(55)が振り返る。「彼の一番の持ち球、フォークが全然通用しなかったっていう…プロの打者に対して。そこで何とかしてやれなかったっていうのが心残りで残念。ぜひ、どこでもいいから野球を続けてほしいなと思いますね」。
サイドスローではなくオーバースローで挑戦したトライアウトを受けた後も、希望するNPB球団から声はかからず。それでもBCリーグ富山と硬式野球のクラブチーム「横浜球友クラブ」からオファーが届いた。独立リーグの富山はNPB復帰の近道ではあるが給料はシーズン中の半年間しか出ず、横浜は富山よりプレーのレベルは落ちるが給料は年間を通じて支払われるという。
 
 「1回現実を突きつけられたというか。やっぱ、これじゃキツいんだなっていう。今の能力じゃプロに戻るなんて100%無理ですし。僕が編成で獲る人だったら獲らないと思いますし…自分を見て」。自身を客観的に分析した佐藤は悩んだ末、横浜球友クラブ入りを決意。レベルアップして再度トライアウトを受験することを決めた。「2、3年とかやってプロに戻れるレベルまでいったらトライアウトも受けられる」と両親に告げた元甲子園準V腕。「自分が納得するまで野球を続けたい」と再起を誓った。
 
 
これ『甲子園準優勝投手がわずか3年で戦力外 「行きづれー…」元同僚に声かけられず』と題したスポニチ201915 18:38の記事である。
 
 
 我々企業経営案者には一生理解できない事柄と思われる。がそのプロ野球の合理性には正直羨ましさも覚えた。何故なら経営手段として、従業員の首を直ぐ切れると言う事がである。また選手も戦力にならないと告げられても、何の抗戦も出来ず受け入れるしかなく、また選手本人もそれを表面上は納得して去って行く。何と残酷なドラマか。我々企業もいくら言ってもいくら教えても出来ない従業員どこにもいる。こんな従業員即クビ切りたいのは山々なれど、その従業員にも家族もおり生活も懸かっている。それを戦力に値しないからと言って切れるプロ野球球団は羨ましいが、過酷でもある。それに比し才能や実力のある米大リーグに行ける一握りの選手はバラ色である。日本では考えられない報酬が貰え、正にアメリカンドリームだ。このギャップこそが野球選手の夢なのだろうか。それにしても何と厳しい世界なのか。
イメージ 1