公務員制度改革が出来ないのは、政治が官僚・役人よりも劣るからである

 安倍晋三首相は、さる11月5日、「国家公務員制度改革法案」を閣議決定し、国会に提出した。
 国益よりも省益、国民の幸福よりも自らの老後の安定のために働く「シロアリ役人」の増殖は、長年、この国の政治を蝕んできた病巣だ。7年前の第1次政権当時に公務員改革に取り組み、霞が関の激しい抵抗に敗れて政権を放り出す屈辱を味わった首相にとっては雪辱戦のはずである。
 ところが、今回の法案は改革とは程遠い、「シロアリ温存法案」と呼ぶべき内容にすりかわっていた。
安倍総理よ、またしてもシロアリに屈するのか」──かつて現職官僚でありながら霞が関構造改革に挑んだ「元脱藩官僚」たちは、そこに危機感を抱いている。安倍政権の「まやかしの公務員改革法案」に対して抜本的見直しを求める提言を発表した高橋洋一(元財務官僚)、古賀茂明(元経産官僚)、岸博幸(元経産官僚)の3氏が怒りの警鐘を鳴らし合う。
──改革支持派の皆さんが公務員改革法案に反対する提言を発表したのはなぜか。
高橋:公務員改革は廃案の歴史で、麻生政権時代の2009年、民主党政権時の2010年と2011年に提出された法案は、いずれもねじれ国会の中で成立しなかった。そして今回、衆参で過半数を持つ安倍政権でようやく実現するわけですが、蓋を開けてみたら、内容が大きく後退していた。
 象徴的なのが人事制度。役人の人事は、人事院(※注1)と総務省の行政管理局、人事・恩給局、財務省の主計局給与共済課という4部門が分担して内閣が自由に人事権を行使できない仕組みになっている。今回の法案は新たに「内閣人事局」を創設して、内閣直轄で人事を動かせるようにすると掲げていますが、人事院などの機能を残したままだ。
 
【※注1】国家公務員の給与や勤務条件、採用試験、懲戒などに関する事務を司る。
 
岸:人事局を作るなら、機能を集約して強力な権限を与えなければ意味がない。
 
高橋:4つを壊して1つにするはずが、4プラス1にしちゃった。典型的な役人の焼け太りです。
古賀:公務員改革というと、給料が高すぎるからけしからん、という話になりがちですが、抜本的な改革とは、「国民のために役人が働く仕組みを作る」ということ。その障害が、霞が関が人事を握って離さないシステムです。
 では役人が働いているかどうかを誰が判断するのかといえば、それはやはり国民の代表である政治家ということになります。具体的にいえば公務員の身分保障の壁。最近はツイッターおじさんやらブログおじさん(※注2)の問題が起きましたが、彼らはクビどころか降格処分にもならない。
 
【※注2】復興庁職員がツイッターで「左翼のクソども」などと市民団体や国会議員を中傷。また、経産省職員はブログに「復興は不要だと正論を言わない政治家は死ねばいいのに」などと書き込んでいた。
 
岸:そういえば僕の同期もいたなァ(苦笑)。
 
高橋:彼の処分は停職?
 
岸:ええ、2か月。そんな話でしか目立たないのは情けない限りですよ。いずれにしても、降格させられなければポストが空かないから、内閣が適任と思う人材を登用したくてもできない。今回の法案には民間からの公募制度も盛り込まれなかった。天下り規制に至っては、現役出向制度(※注3)を拡大するなど、明らかに逆行しています。
 
【※注3】国家公務員が退職せずに、民間企業や独立行政法人に期限付きで出向する制度。“天下り準備”に利用されるようになった。
 
古賀:私は2009年の法案作成に事務局審議官として参加していましたが、当時の重要なポイントはそっくり抜け落ちている。
 
岸:視点を変えると、公務員改革というのは経済成長の要だと思うんです。規制改革推進が成長戦略の柱だと安倍総理もいっていますが、その規制をコントロールしているのが官僚機構。それを変えるつもりならば、内閣が人事権を握る必要がある。経産省が国会提出した産業競争力強化法よりよほど効果があると思います。
 
高橋洋一:たかはし・よういち。大蔵省(現財務省)入省後、理財局資金企画室長、内閣参事官(総理補佐官補)などを歴任。2008年退官。
 
●古賀茂明:こが・しげあき。通産省(現経済産業省)入省後、経済産業政策課長や国家公務員改革推進本部審議官などを歴任。2011年退官。
 
岸博幸:きし・ひろゆき通産省(現経済産業省)入省後、経済財政政策担当大臣補佐官、総務大臣秘書官などを歴任。2006年退官。
 

これ「元改革派官僚 安倍政権公務員改革法案への反対提言した理由」と題した週刊ポスト11月22日号の記事である。
 

 公務員ほど頭の良い人種は他に存在しない。但し、これあくまでも、「悪知恵」と言う意味においてである。(大笑い)かれらは法に守られている。と言うよりは守る法を事前に作ってしまっているからである。本当にこの法を作るつもりなら、真の「政治主導」を発揮すれば済むのに、それが出来無い位政治が官僚より劣るからである。だからいつでも掛け声よろしくその改革を考える時、アドバルーンにしかならないのである。それは私が口を酸っぱくして毎回のように言ってるように、立法たる資格を有する政治と、その決定に従い行使する者とが「持ちつ持たれつ」の関係にあるからに他ならない。これではいつまでたっても前進どころか、後退する一方である。だから政治が変わらなければ、決してこの種の改革は無理と言う物なのである。その日は何時来るのか。