ただ歩く月に面(おもて)を照らされて
これ約60年前頃の高校生だった昭和39年の春頃に当時の高校学年誌である学習研究社(通称学研)の「高2コース」に掲載された川柳の拙詩である。
この句の本句は当初「ただ歩く月に面(おもて)を照らしつつ」だったのだが時の選者である水原秋桜子先生が上記のように直して頂いて入選したと言う事である。
この句が掲載されてから、5人の方々からお手紙を頂いた。当時は今と違い、個人情報保護法なんてなかった時代だから、氏名と同時に現住所まで掲載された時代だった。茨城県土浦市の女性、東京都墨田区の女性、埼玉県上尾市の女性、秋田県神岡町の女性、そして徳島県阿南市の男性の方々の5人である。当時嬉しかった私は必死に返事を書いた。それから3年ばかり続いたろうか、住居地の事、家族の事、学校の状況等々、その後互いに大学受験等で忙しくなり自然と回数が少なくなり、知らずの内に終わってしまっていたと言う具合である。文通当初は珍しさもあり、相手の方が私のところに逢いに来てくれた方もあり、高校を卒業した私は大学浪人中東京でのアルバイトしながらの予備校通い中に逢いに行った方々もあるが、今思えば本当に貴重な楽しい思い出として残っている。