恒例の元東大学長佐々木毅さんのコラムを紹介したい

 昨年からしばしば、米国の大統領選を取り上げ、しても仕方がない心配を吐露してきたが、それが老婆心でないことがついに実証されてしまった。言うまでもなく、トランプ支持者による連邦議会議事堂襲撃事件の発生がそれである。

 それを教唆扇動したのが、大統領選での敗北が決定しているにもかかわらず、「選挙は盗まれた」とかたくなに主張する現職大統領というのであるから、政治の混乱ぶりもここに極まれりである。来月上旬にはトランプ前大統領の2回目の弾劾裁判が始まるが、その帰趨は定かではない。しかし、その結果は     これからの米国の民主政の行方に大きく影響することは確かである。

 議事堂襲撃事件の2週間後に開かれたバイデン新大統領の就任式典は、極右グループのテロを警戒して2万5千の州兵の厳重な警備の下、少数の参加者のみで挙行された。これまでの就任式に付き物の華やかさは一切見られず、この4年間に米国の民主政に起こった変化の大きさを改めて印象づけるものとなった。

 トランプ前大統領は式典を欠席し、直前にフロリダに向けて飛び立った。飛び立つ直前の演説は相変わらず不祥事には一切触れず、自画自賛の内容であった。

 バイデン新大統領の就任演説は、いかにも老成した政治家らしい目配りの行き届いた内容であった。まず、米国史上かつてなかったほどの危機が目の前にあること、何よりも新型コロナウィルスの感染によって多くの人命が失われたが、その数は既に第2次世界大戦で失われた米国人の人命に匹敵すること、しかもコロナとの戦いはこれからだというわけである。

 米国は世界で最も多い感染者数、死者数を計上してきたが、その根源にあったのは社会の分断であった。実際、マスクを着ける、着けないが政治問題化したこと、議事堂を襲撃したトランプ支持者がほとんどマスクなしであったことは外国人でも知っている。もろもろの危機の原因は外部にあったのではなく、米国の内部にあること、すなわち、極端な分断にあったというのがバイテン氏の診断である。

 彼によれば、唯一最大の希望は結束にあり、結束する限り、米国はいかなる難題をも乗り越えることができることを歴史が証明している。

 バイデン氏は「われわれは結束できる。怒鳴り合うのをやめ、緊張感の温度を下げよう」と呼び掛ける。同時に彼は分断の末路について、「結束がなければ平和はなく、憎しみと怒りだけだ。進歩はなく、激しい怒りだけとなる。国家はなく、混乱の状態だけとなる」と述べ、その恐ろしい結末に注意を喚起している。ここで言う「国家はなく」とは、民主政が機能しなくなり、暴力などが横行する混乱状態に社会が解体していくということであろう。

 バイデン氏は大統領就任式を民主主義の勝利の日であるとし、改めて議事堂襲撃事件を批判し、併せて自らの使命を「米国を一つにすること、国民、国を結束させることに全霊を注ぐ」ことだと述べ、「怒り、恨み、憎しみ、過激主義、無法、暴力」などと戦う結束の隊列に加わるよう国民に呼び掛ける。それは逆に言えば、怒りに任せ、真実ではなくうそや虚構に身を委ねることをやめることである。

 民主主義と並んで真実もまた攻撃対象になっていることに鑑み、真実を社会の共通目標として掲げている。ここには選挙の真実が分断によって無視され、「選挙は盗まれた」というトランプ氏のばらまいたうそが、ついには大事件の引き金になったという深刻な現実を反映している。米国の大統領が就任式典で「民主主義のもろさ」について語らなければならないというのは、未曽有の事態である。

 CNNの調査によれば、バイデン氏を正当な大統領と認める人は共和党支持者でわずか19%という。これでは選挙をする意味を疑わせるような数字である。共和党にはトランプ主義という異物が深く入り込んでおり、民主、共和両党による政治が急に成果を上げるとも思えない。当然、外交は内政に足を取られ、その衰えが目立つようになるかもしれない。

 中国は好機到来と待ち構えているであろうし、国際関係も不安定化は避けられないであろう。

(元東大学長)

 

 

これ2021.01.30(土)にあるローカル紙に「バイデン新政権の発足」と題した佐々木毅元東大学長の掲載されたコラムである。

 

 

いつも読ませてもらってるが、やはり我々凡人とは違う視点で書いていらっしゃる。いつも感銘を受ける。だからこそ読者の皆さんにも読んで頂きたくて紹介してるし、恒例にもなった。