米大リーグ松井とイチロー

 私は「イチローと松井」とは決して言わない。マスコミも誰も殆どが「イチローと松井」と言うだろう。しかも松井よりイチローの方が年上でもある。だが、私はそう言わない。何故か、それは簡単である。私はイチローより松井が好きだからである。ただそれだけの事である。
 私は子供の頃より、野球はあまりやらなかった、というのは体が小さかった事も一因であるが、見るのは大好きであり、いまもって実践している。
 昔テレビでBS放送の無かった時代は、もっぱら国内のプロ野球ナイター、それもセ・リーグ専門であった。BS放送になってからはパ・リーグも見るようになった。そのせいか解からないが私はイチローの試合は殆ど見た事がなかった。パ・リーグ王監督のいるダイエー(今はソフトバンク)がファンだったから。セ・リーグアンチ巨人だったのでヤクルトのファンだった。
 思い起こせば我々の少年時代(1990年代)は「巨人・大鵬・卵焼き」と言って野球の巨人は子供の好きな憧れの球団だった。野球少年のイチローもそうではなかったのかと思う。しかし、彼が開花したのは、入団した1992年ではなく1994年の仰木監督に見出されてからである。彼は卓越した守備力と振り子打法ですぐに1軍に定着し日本のプロ野球の頂点に達した。があくまでもパ・リーグの選手だった。巨人の選手では無かった。当時の日本プロ野球はマスコミも含めて巨人中心主義で、巨人選手に非ずは野球選手に非ずの風潮だった。
 ここからは全く私の独断であるが、だから、どんなに成績を上げても、どんなに報酬を貰っても、日本一になっても、結果は巨人の選手で無かったために、巨人の松井に対するというより、日本プロ野球に対する挑戦の意味で彼はアメリカ大リーグを選んだのではと私は思っている。しかし、イチローに誤算があった。それは翌年に巨人の松井が海を渡ったからである。折角日本を離れ自心を納得させ充実した野球生活だったのに、よもや巨人の松井が自分を追って米大リーグへ、しかも、ヤンキースへ来ようとは、その時のイチローの気持ちを思う時、私は察するに余りあると正直に思った。ヤンキース以外だったら良かっただろうが、よりによってヤンキースとは。これではイチローがいくら頑張っても、いくら報酬を貰っても日本プロ野球の二の舞か。と思ったとしても不思議は無い。
 そして1昨年ヤンキースの松井がエンゼルスに移った時に、イチローは初めて自心を見つめられたのではと思っている。
 これが私の松井とイチロー感である。
 参考までに松井とイチローの日米での成績と報酬である。
 思った以上にイチローは米国で評価されてないと思っているのではないだろうか。国民意識が違うのか、いや、アメリカ人はイチロー自身が思っている以上に野球のプロは記録より記憶に残る人を好むみたいだ。成績表から松井とイチローの違いは打点の違いである。つまり、本塁打を打とうがヒットを打とうが、いかに点を入れれる打ち方ができるか、それの答えが打点の多さである。
 あらためてこれを見比べれば、イチローファンには悪いが、イチローの報酬は私は高すぎると正直思った次第である。皆さんはどう思うであろうか。
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