安倍晋三首相は外出自粛に努める国民に『ありがとう』と言えないのは人間としての情がないからである

5月4日、安倍晋三首相は「緊急事態宣言」の期限を5月6日から31日まで延長すると発表した。コミュニケーションストラテジストの岡本純子氏は「今回の会見も、話の流れが読みづらい『あみだくじ話法』に終始し、ロジックやエビデンスを欠いていた。なぜ外出自粛に努める国民に『ありがとう』と言えないのか。残念だ」という――。

■安倍首相の緊急事態宣言延長の会見における「致命的欠陥」
ゴールデンウィーク、もとい、「がまんウィーク」が明けた。

最前線で命を懸けて、物流や医療や介護や物販の最前線で働いている人のことを考えたら、ちょっと遊びに行けないぐらいはなんてことない。そう考えた1億2500万人がそれぞれに、必死に実直に「自粛」に努めた。
4月7日の緊急事態宣言から5月6日までの1カ月。歯を食いしばって、励ましあって、我慢を重ねてきたことを「お互い本当によく頑張りましたね」と、褒めたたえあいたい。そんな連帯感を持つ読者もいるのではないか。
その約束の期限を前に、5月4日、この国の宰相は会見で宣言の延長を告げた。
「今度こそはきっと、われわれに届く言葉を」。そんな期待を秘めて、多くの国民がその声に耳を傾けた。そして、絶望する。「なんでこんなに心を動かされないのか」。筆者もこれまで何度も改善策を提案させていただいたが、その声はまったく届いていないようだ。
「もう書き尽くした」と思っていたが、コミュニケーションのプロとして、「誰でも、いつからでも、コミュ力は鍛えられる!」と訴えている手前、諦めるわけにはいかない。結局、首相には原稿を「読む」以外の選択肢はないようなので、今回はその原稿を書いているどなたかに提言をお届けしたい。

■「ロジック」や「エビデンス」に欠けた、あみだくじ話法
首相の会見を聞くと、なぜこんなに「もやもや」するのか。

それは「自分の言葉ではない」からだ。読むことが100%悪いわけではない。コロナの感染対策で成功したニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相も、手元の原稿を読むことが多い。
ただし、その印象はまったく違う。安倍首相の場合は2つの致命的な問題点がある。「いかにも読んでないふうを装って、実は読んでいること」と「最初から最後まで、原稿の通りに読むこと」である。
プロンプターを左右に2台置いて、いかにも記者に向けて話しているようで、実は記者も国民も見てはいない。アイコンタクトは聴衆との心の導線のようなものだから、この視線の不在は、直感的に聞き手に不快感を与える。
長年、企業トップのプレゼンをコーチングしてきたが、プロンプターを使う場面は限定的だ。もし原稿をそのまま読み上げたいのであれば、下手な偽装工作をせずに、手元の原稿を堂々と読み上げるほうがいい。
その際、誠意を伝えるには、ところどころで相手の目を見て、自分の言葉を話す場面がほしい。だから、冒頭のあいさつなどは原稿なしで、自分の言葉で語るのが鉄則だ。それができないなら、ロボットに代読させたほうがまだマシだ。
しかも今回の会見では、「ロジック」と「エビデンス」が大きく欠けていた。今回の会見は以下のような構成だった。
自粛の成果と国民への感謝⇒現状(まだ終息にはいたらない)⇒緊急事態宣言延長のお願い⇒事業者へのメッセージ⇒「新しい生活様式」の提案⇒「教育」対策⇒「経済」対策⇒これから政府がすること⇒改めて、ウイルスの怖さに関する解説⇒自粛を引き続きお願いすることに対する国民へのお詫びと感謝⇒……
過去⇒現在⇒未来、もしくは結論⇒根拠⇒事例⇒根拠、もしくは感染対策⇒経済対策⇒教育対策といった流れがなく、あっちこっちに話題が散らばっている。書き出してみると、ある程度の流れがあったことがわかるのだが、聞く側からすると現在地がわからず不安になる。次に何がくるのかわからない「あみだくじ」のような話法なのだ。
まずは「現状をご説明いたします」「感染症対策についてですが」「医療制度の構築についてお話します」などと、ところどころで「道標」を示しながら、ロジカルに組み立てていく必要があるだろう。

■「数字」を出すのはいいが、それを評価する基準は示さない
エビデンスとなる数字もあいまいだ。会見で出てきたのは、以下のような概数だった。
「1日当たりの感染者数は700名が200名程度、3分の1まで減少」
「実効再生産数の値も1を下回った」
「1万人近い方々が療養中」
「人工呼吸器による治療を受ける方は3倍」
「全国で毎日100人を超える人が退院」
数字を意識していたのは確かだろう。だが、その数字が多いのか少ないのかがわかりにくい。「1」を下回る再生産数とは具体的にどれぐらいの値なのか。1万人、100人と言われても、比較する対象がなければ、そのスケール感がわからない。

■安倍首相はスピーチで「根性ワード」を嫌というほど盛り込む
また、本当に知りたい「PCR検査数」「必要な病床数」「稼働している病床数」「病院の患者受け入れのキャパシティー」といった具体的な数字は出てこない。宣言解除の条件となるデータも示されない。
こうした数字は視覚的に変化を見せたほうがいい。筆者なら、発表者にしっかりとデータの意味を理解してもらったうえで、スライドで説明することを提案する。
こうしたロジックとエビデンスを重視したコミュニケーションのイロハは、ビジネスの現場ではもはや常識だろう。今や中高生でさえ授業発表で実践していることだが、わが国の宰相はこれができない。
ニューヨーク州知事のアンドリュー・クオモ氏の毎日の会見では、感染者数から、人工呼吸器、病床の数まで、必要なファクトがスライド上で網羅されており、その変化も視覚的に理解できるように工夫されている。
シドニーの日本領事館がとりまとめたこちらのレポートでも、いかにオーストラリア政府や州政府が、徹底的にデータに基づき、戦略性を持ってコミュニケーションをしているのかがわかる。
海外では多くの国が一定の数値分析に基づき、再開への道筋をつけ始めており、アメリカでは、米疾病対策センター(CDC)が、4月30日、企業や学校、教会、公共交通機関などが安全に営業を再開するための暫定的なガイドラインや条件を発表しているが、日本では、今後の見通しはまだ不透明のままだ。

■「確か1カ月前にも同じようなことを言ってたよね?」
感情的な部分でも、相変わらず、気持ちは何も伝わってこない。
この1カ月のわれわれの苦労と我慢がどれだけの成果を生んだのか、何が達成されたのかもあまり言及されず、「緩むな」とくぎを刺される。具体的な数字やデータ、エビデンスの代わりに、安倍首相のスピーチで嫌というほど盛り込まれているのは「根性ワード」だ。
「しっかり」「着実に」「あらゆる」「確実に」「間違いなく」「大胆な」「前例のない」「思い切った」「絶対に」「これまでにない」「なんとしても」……。こうした勇ましい言葉がいくつもちりばめられている。
さらに驚くのは、「します」の連発だ。「検査体制をさらに拡充していきます」「自治体ごとの体制構築を支援していきます」「医療防護服についても増産や輸入を強化します」……。「確か1カ月前にも同じようなことを言ってたよね?」とツッコミをいれたくなる未来形の表現が並ぶと、一体これまで何が達成されたのかと不安になる。
「ここまで医療体制が整備された」「マスクはここまで確保した」など、数字でこれまでの成果を示してもらいたい。何より、国民は第2波、第3波に耐えられる体制づくりがどこまで進んでいるのかを知りたいのだ。
明確なロードマップが示されないまま、消化不良気味で聞き終わって、はたとまた思う。一体、この会見は何を言いたかったのか、目的は何だったのか、と。

■「緩むな。でも外出は別にいいからね」。本当に意味がわからない
安倍首相とそのブレーンの皆さんは、その「ワンメッセージ」をそもそも持っていたのだろうか。筆者の印象に最も残ったのは「緩むことのないようにお願いします」だったが、実はもうひとつ、強調されていたのが、「外出それ自体が悪いわけではありません」である。これは2回も繰り返している。「緩むな。でも外出は別にいいからね」。本当に意味がわからない。
ニュージーランドのアーダーン首相のメッセージは、外出規制が緩和された今でも、「Stay home, Stay to your bubble, maintain physical distancing」(家にいて、一緒に暮らしている人たちの中にとどまって、物理的距離をとって)。この短いフレーズをひたすら繰り返している。
いろいろ詰め込んでも、全部理解されるはずがない。話し手は、絶対に伝えたい「ワンメッセージ」を必ず決めておき、これがすべての人に届くようにするにはどうしたらいいのかを必死で考えなければならない。

■「感謝」は10回言ったが、きちんと「ありがとう」と1回も言わず
安倍首相のスピーチを繰り返し読んでみて、ある一言がないのに気づいた。

「ありがとう」だ。
「みんな、歯を食いしばって、頑張ってくれて、本当にありがとうございます。皆さんの頑張りに、私は強く胸を打たれました」。本気で、自分の言葉で、そう呼びかけてもらえたら、われわれもちょっとは救われた気持ちになったかもしれない。
実際は、会見の締めくくりに立った一度、儀礼的に使われただけ。その代わりに、「感謝」という言葉は10回も登場している。「感謝申し上げます」「感謝いたします」というよそよそしい言葉をひたすらに繰り返す人は、たぶん、われわれと同じ世界には住んでいないし、同じ空気は吸っていない。
官僚の言葉もいらないし、他人行儀の言葉もいらない。聴衆と周波数を合わせ、同じ目線に立たなければならない。そして、「感謝」の安売りをせず、「魂の言葉」を一度でいいから、ぶつけてはくれないだろうか。

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岡本 純子(おかもと・じゅんこ)
コミュニケーション・ストラテジスト
早稲田大学政治経済学部卒、英ケンブリッジ大学大学院国際関係学修士、元・米マサチューセッツ工科大学比較メディア学客員研究員。大学卒業後、読売新聞経済部記者、電通パブリックリレーションコンサルタントを経て、現在、株式会社グローコム代表取締役社長(http://glocomm.co.jp/)。企業やビジネスプロフェッショナルの「コミュ力」強化を支援するスペシャリストとして、グローバルな最先端のノウハウやスキルをもとにしたリーダーシップ人材育成・研修、企業PRのコンサルティングを手がける。1000人近い社長、企業幹部のプレゼンテーション・スピーチなどのコミュニケーションコーチングを手がけ、「オジサン」観察に励む。その経験をもとに、「オジサン」の「コミュ力」改善や「孤独にならない生き方」探求をライフワークとしている。


これ『自粛に努める国民に、安倍首相は一度も「ありがとう」とは言わなかった』と題したプレジデントオンライン2020年5月8日 15時15分 の記事である。


驚くことはない!
首相の父君故安倍晋太郎さんが著書に残したものを読めば、父君曰く「晋三には人間としての情という物が無い」と言い「情がないから政治家にしてはいけない」とまで言った親父の言葉がすべてを表している。