佐々木毅さんの恒例のコラムを紹介する

 通常国会の閉会に当たり、衆院議院運営委員会は「速やかな質問通告に努めるとともに、デジタルツールを利用した質問通告の推進に努める」ことを申し合わせた。この申し合わせの背景には、議員による質問の事前通告がかつての申し合わせ通りに実行されず、官僚の深夜残業の常態化を招いている現実がある。

 それは霞が関を「ブラック職場」と見る傾向を助長し、若い官僚たちの早期離職やキャリア官僚の登竜門である国家公務員総合職試験の志願者減につなかっている。ちなみに東大出身者についてみる     と、合格者はこの10年ほどで半減した。そして採用10年未満での退職者数は高止まりしている。

 かつて公務員は「結構なご身分」と見られていたが、今や「ブラック職場」に転落しかかっている。私も一時期、公務員制度改革に関与したことがあるが、雇い主一つを取っても民間とは違う。国民全体が雇い主であるということは盤石の基盤があるように見えて、誰も責任を取らないこととあまり違わない。このため官僚は、非常に弱い立場に置かれていることが目についた。

 ところで先の申し合わせは何ら新しい内容を含むものではない。官僚の働き方改革を巡って人事院からの改善要請に応じてなされた政治家側からの文字通り「ささやかな」改革案らしきものというべきであろう。この申し合わせに従うかどうかは議員一人一人の判断に委ねられていることからも、実に「ささやかな」内容である。

 日本の国会は質疑が中心であるため、。質問する議員からの通告が何時になり、その内容がどうなるかに官僚たちの勤務実態は毎日のように左右される。質問通告がないと分かるまで待機を求められ、通告があればそれを受けて答弁の準備に取りかかる。

 これまでもルール上は質問通告は「質疑2日前の正午まで」とされてきた。昨年の調査によれば、ルール通りになされた通告は19%にとどまり、質問通告が出そろったのは平均で質疑前日の午後7時54分であったという。質問に対する答弁案が出来上がったのが平均で質疑当日の午前2時56分。それから朝にかけて大臣への説明に回ることになる。

 通告の遅れに伴う霞が関の「ブラッグ職場」化の一端はここに明らかである。内容が不明確な質問も、あらゆる想定問答の準備を必要とする点で改善すべきだということも議運委で話題になった。野党の反対で見送られたという。質問内容の明確化は与野党の攻防に関わるものであって、特に野党の側には手の内を見られまいとする動機が働くのは否めない。

 また、「速やかな質問通告」で与野党の合意が成立したといっても、実は国会の日程自体が与野党の最大の駆け引きの材料である。会期末ともなれば「速やかな質問通告」はこの駆け引きによって妨げられかねない。このように既存の仕組みを前提にする限り、「ささやかな」改革は「ささやかな」成果にとどまることを覚悟しなければならない。

 昨今の課題山積状態を考えると、国会の実働時間を増やすことは避けて通れない。現在も憲法53条に基づいて、事実上の通年国会は不可能ではない。日本の国会が異様なのは頻繁な衆院解散・総選挙を別にして、閉会の期間が長くて実働時間が圧倒的に少なく、国会審議の実態がほとんど「質疑と答弁」によって占められている点にある。

 通年国会実現の最大の障害は 「答弁」を担う閣僚とそれを支える官僚の疲弊である。そこでなすべきは議員自身が国会で法案の逐条審議なり、政策形成の調査研究を進ぬるなり、予算・決算の精査を行うなりして 「質疑」以外の活動の場を広げ、 「質疑と答弁」を劇的に減らすことである。

 当然、閣僚は国会答弁に拘束されることなく国際的な場で活動が可能になり、「ブラック職場」も少しは明るくなろう。今や精巧な文章や画像、音声を作成できる生成人工知能(AI)の時代である。国会もそろそろ「質疑と答弁」の呪縛から自由になる時代ではないか。

 

 

これあるローカル紙に掲載された「官僚の働き方改革に思う」と題した元東大学長佐々木毅さんのコラムである。

 

 

私が大ファンである佐々木毅さんの恒例のコラムだ! いつもながらの切り口に感動する。さすがだ!