菅義偉首相の寵愛を受けて出世街道をばく進してきた総務省の谷脇康彦氏(60)が3月8日、利害関係のあるNTTや東北新社からの違法接待を受けていたとして、省内ナンバー2である総務審議官の職を追われた。
次期事務次官間違いなしとされた谷脇氏の転落で、菅首相肝いりの携帯電話料金引き下げなどへの悪影響も避けられない。通信放送行政における改革派を失った総務省の地盤沈下にもつながりかねず、「谷脇氏退場なら国家的損失」(関係者)との声も出ている。
1人6万円超の飲食接待も
菅首相自身にとっても懐刀を失ったのは手痛い打撃で、「天領」とされる総務省への影響力も低下しかねない。しかも、違法接待に首相の長男が絡んでいたことで、「罪作りの原因は菅首相」(立憲民主党)などの批判が噴出しており、菅首相の政治責任も厳しく問われる。
谷脇氏の事実上の更迭処分が発表されたのは、参院予算委員会集中審議の直前の8日朝のことだった。人事権者の武田良太総務相が「前回の調査で倫理法令に違反する行為をほかに行っていないか、再三確認したにもかかわらず、新たな違反が疑われる行為が確認されたことは、甚だ遺憾」と厳しい口調で説明した。
総務省は2月24日、衛星放送関連会社の東北新社から2018~2020年に計4回の接待を受けたなどとして、谷脇氏ら11人の幹部職員の減給や戒告などの処分を決定。谷脇氏はその中で一番重い減給処分を受けていた。ただ、その際の調査で谷脇氏はNTTからの接待を申告せず、総務省も調査漏れがあったことを認めた。
総務省が事業計画の認可などの権限を持つNTTは、同省にとってまさに利害関係者。同社の子会社であるNTTドコモも、同省が所管する電波法によって、携帯電波の周波数などが割り当てられている。
NTT幹部らとの会食が判明した後も谷脇氏が申告しなかったのは、応分の負担があったからだと説明していた。しかし、総務省が伝票などを調査・確認した結果、判明した2018年(2回)と2020年(1回)の会食で、谷脇氏が5000円を自己負担したのは2020年の1回だけ。他の2回はNTT側がすべて支払い、飲食費が1人あたり6万円を超えるケースもあった。
谷脇氏は東北新社による総額11万円超の違法接待で懲戒処分(減給)を受けたばかり。総務省は中立性と公平性の確保のため、検事出身の弁護士を含めた第三者調査組織を設置し、全容解明を急ぐ方針だ。
武田総務相は9日、「調査を徹底するため、期限は示せない」と述べたが、与党内には「2021年度予算成立前の3月中にも結果を公表し、関係者の処分も決めて一件落着とすべきだ」(自民幹部)との声が多い。
谷脇氏は総務省大臣官房付きとなった時点で一般職公務員となり、60歳になった後の3月末に定年退職する。ただ、その前に同氏の新たな懲戒処分が固まることを前提に、「定年を待たずに依願退職する」(政府筋)との見方も広がる。
旧郵政系の事務次官候補は皆無に
谷脇氏の降格人事に関連して武田総務相は、「後任の総務審議官は当面置かない」との方針を示した。ただ、今後の国会対応などを考慮すれば、違法接待についての最終的な調査結果と関係者の処分が確定した段階で、谷脇氏の後任も含め、幹部人事を含めた大幅な異動を行わざるをえない。
総務省は、中央省庁再編で自治省、郵政省、総務庁の旧3省庁の統合により発足した。戦前の最強官庁・内務省の系譜にもつながり、内閣では各省庁の一番手に位置する。谷脇氏はその総務省の旧郵政系トップだった。
同省は発足の経緯から、歴代事務次官は旧自治省と旧郵政省の出身者による「たすき掛け人事」が慣例化。黒田武一郎・現事務次官は旧自治省出身であり、次は旧郵政出身の次官就任が既定路線とみられていた。
しかし、最有力候補だった谷脇氏が外れることで、当面は黒田次官が続投せざるをえない。しかも、谷脇氏に続く旧郵政系の総務省最高幹部はほとんどが違法接待の処分対象だ。今後の調査で違法接待の実態が解明されれば、さらに処分者が増える可能性もある。そうなれば「幹部で生き残れるのは少数」(政府筋)とみられており、「年次的にも旧郵政省系の次官候補を見つけるのは至難の業」(同)というのが実態だ。
菅首相は2005年から2007年にかけて副総務相、総務相を歴任した際、NHK受信料値下げなどで旧郵政系官僚を「菅チーム」に仕立て、人事を通じて支配してきたとされる。国会の違法接待で腹心の谷脇氏を筆頭とする「菅チーム」が解体されれば、総務省全体への指導力低下も避けられない。
その一方で、『週刊文春』が暴露した今回の違法接待問題は、菅首相の政権運営に大きな影響を及ぼすのは確実だ。接待の主役となった東北新社の創業者(故人)は菅首相と同郷の秋田県出身で、菅氏への政治献金も総額500万円にのぼる。菅総務相当時の政務秘書官を経て、東北新社に入社したのが菅首相の長男・正剛氏だ。
東北新社が仕掛けた総務省幹部への接待の場の多くに、当時部長職だった正剛氏が同席している。だからこそ、野党側は「接待の仕掛人は首相の長男、だから総務省幹部も断れなかった」と国会で菅首相の責任を追及している。
菅氏長男が同席していれば「大丈夫」
これに対し菅首相は当初、「長男とは別人格」と色をなして反論した。しかし、長男が同席した違法接待が次々と発覚すると、「私の長男が関係して、結果として公務員倫理法(規程)に違反する行為をすることになった。このことについては心からおわびを申し上げ、大変申し訳なく思う」と謝罪に追い込まれた。
さらに、谷脇氏と旧郵政省同期入省で、初の女性内閣広報官に抜擢された山田真貴子氏(60)も、長男が同席する超高額の違法接待で広報官辞職に追い込まれた。
菅首相は「総務省幹部の辞職ドミノにつながることへの危機感」(政府筋)から、いったんは山田氏を続投させたとされる。しかし、「新たな文春砲でNTT接待でも山田氏の名前が出る」ことを察知し、山田氏が体調不良で広報官を辞職したことにより、与党内からも「判断を誤って、後手に回った」(公明幹部)との批判が相次いだ。
極めて有能な官僚と評価されてきた谷脇、山田両氏らが、「信じられない脇の甘さで違法接待を受けた」(有力省庁幹部)ことの背景には、「菅首相の長男が同席していれば大丈夫との判断の甘さ」(同)があったことは否定しようがない。
野党側は「長男は接待要員だ」と指摘。菅首相は「そうしたことはありえない」と否定したが、野党側はさらに「菅首相には政治責任がある」と執拗に追及した。
菅首相はこれに対し、「政治責任の定義というのはないんじゃないでしょうか」と開き直り、「結果については家族としてお詫びする」と頭を下げながら、自らの政治責任に踏み込むことは避けた。ただ、与党内にも「誰が見ても菅首相の政治責任は免れない」(閣僚経験者)との声が出ている。
そうした中、東北新社が「BS4K」放送の認定を受けた後に外資規制に違反していたにもかかわらず、総務省が認定を取り消していなかったことも発覚した。
菅氏長男は東北新社を退社する意向
国会における野党の追及に対し、総務省は「違反を当時認識していなかった」と釈明したが、武田総務相が「必要な対応をしていきたい」と苦々し気な表情で答弁。総務省内でも「違法が確認されれば認定を取り消すべきだ」と意見が多く、近くBS4Kの認定が取り消される可能性も出てきた。
その一方、東北新社は菅首相の長男を懲戒処分とし、部長職を解任。人事部付にした。これに合わせて長男は、同社子会社の取締役も辞任。関係者によると「東北新社も退社する意向」だとされる。
一連の「菅首相絡みの違法接待事件」(立憲民主)の大騒ぎにもかかわらず、最新の世論調査では内閣支持率が回復の兆しを見せている。「接待問題より、コロナの感染者減とワクチン接種に国民が関心を持った」(世論調査アナリスト)と解説されている。緊急事態宣言の再延長も過半数の支持を得ており、違法接待問題の影響は軽微だ。
このため、菅首相周辺には「谷脇、山田両氏の辞職や関係者の処分と長男の退社で、違法接待問題は幕引きできる」との楽観論が広がる。まさに、「安倍前政権から続くお定まりの逃げ恥作戦」(自民長老)だ。ただ、15日の参院予算委集中審議でNTTの澤田純社長の参考人招致が決まっており、「今後の展開はまだまだ予断を許さない」(同)。
これ『菅首相、違法接待で「谷脇切り捨て」の罪深さ 懐刀の官僚を更迭、避けられぬ首相の政治責任』と題した東洋経済Online 2021/03/10 10:00での政治ジャーナリスト 泉 宏さんの記事である。
権力争いは偏るとこうなる大変に良い例である。やはり真っ当に実力で勝ち取る権力こそ真の権力者である。
残念だが政治史において本当の実力で権力を勝ち取った者は皆無である。それだけ権力争いと言うのは、どちらかに偏るのが一番の近道と言う事か。つまり半ば禅譲に近い形でと言う事になるのか。でもそれでは前任者の意向に最後まで沿わねばならなくなるし、やりにくい事この上なくなる。
思うにはどちらでもないがそれを上手く利用して天下を取ったのがかの太閤豊臣秀吉である。一説によれば主人の信長を自分の手を下さずに殺して天下人になったと言う説もある。
話を戻せばこの総務省№2の谷脇審議官、あまりにも権力に寄り添い過ぎた報いと言えなくもない。官僚の有終の美を飾る寸前に力尽き、ある意味可哀そうにとも思えるが、これも権力争いの犠牲と言えるのだろうか。