"1強"の安倍晋三首相を巻き込んだ「加計学園疑惑」が終盤国会での与野党攻防の最大の火種となっている。前半国会で安倍政権を揺るがせた「森友学園疑惑」と同様に、真偽不明の怪情報が飛び交う永田町特有の"闇試合"だが、今回の展開には異様さが際立つ。
「旗振り」と「批判」が入り乱れるメディアの報道ぶりが混乱を増幅させ、著名コメンテーターのスキャンダルまで絡めた情報戦はあざとさばかりが目立つ。通常国会会期末まで半月余り。多くの国民が不安視する「共謀罪」の国会審議が大詰めを迎える中、国民不在の与野党泥仕合の行き着く先が国民の政治不信拡大では余りにも救いがない。
事の発端は学校法人加計学園が運営する岡山理科大学の獣医学部を愛媛県今治市に作ることが今年1月、認められたことだ。来年4月の開学が予定され、実現すれば52年ぶりの獣医学部の新設となる。安倍政権が積極的に進める「大胆な規制緩和」を具体化する国家戦略特区の活用で、首相らは「岩盤に穴をあけた」と胸を張る。ただ、事業案が提起された昨年夏からわずか半年という「これまで例のないスピード」(文科省幹部)で学部新設が認められたことに加え、同学園理事長が首相の「腹心の友」だったことが「森友とそっくりの構図」(民進党)との疑惑を生み、野党の政権追及材料となっている。
この疑惑は1月の通常国会召集時から関係者の間で話題となり、森友問題の表面化と合わせて一部メディアが報じたが、「二番煎じの印象が拭えない」(自民国対)こともあり、熾火(おきび)のようにくすぶり続けていたのが実態だ。この状況を一変させたのが5月17日の朝日新聞朝刊1面トップの「"総理の意向”を示した内部文書の存在」という特ダネ記事と、その1週間後の前川喜平前文科省事務次官の「文書はあった。なかったことにはできない」という"内部告発"会見だった。
前川氏は、政府が加計学園による獣医学部新設問題を協議していた時点での事務方の最高責任者。メディアは「衝撃の告白」と大々的に報じたが、政府は「怪文書のたぐい」(菅義偉官房長官)「文書の存在が確認できない」(松野博一文科相)などと否定した。特に、安倍政権の要とされる菅官房長官が、冷静沈着さをかなぐり捨てたような口調で「前川氏に対する個人攻撃を繰り返した」(民進党幹部)ことが「官邸の焦りと危機意識の表れ」(同)と受け止められ、対抗するようにメディアで「暴露」を続ける前川氏とのバトルが「政界を揺るがす大騒動」(自民長老)につながった。
朝日新聞が特ダネとして報じた時点で官邸周辺では「前川前次官のリークでは」との噂が流され、それと符合するように前川氏が複数メディアとの「独占インタビュー」に応じたが、その最中の22日の読売新聞朝刊1面に「前川前次官が出会い系バー通い」との記事が掲載されたことで事態が複雑化した。週刊誌も文春と新潮が競い合うように「前川問題」を特集記事として掲載して「メディアも参戦した一大スキャンダル」(公明幹部)の様相を呈し、民放各局のワイドショーも連日取り上げて、視聴率を稼ぐ状況となった。
そうした中、政治外交問題で著名なコメンテーターの"女性スキャンダル"が発覚した。前川氏関連の報道と同時進行の形で週刊新潮が掲載したのが「"安倍官邸御用達"ジャーナリスト・山口敬之氏の『準強姦疑惑』」というおどろおどろしい特集記事だ。同氏は元TBSワシントン支局長(元同社政治部長)で、年明け以降は首相と親しいジャーナリストとして各情報番組のコメンテーターとして引っ張りだことなり、「首相官邸寄りの解説コメント」(自民幹部)で注目を浴びていた。山口氏のスキャンダルについては結果的に「不起訴」処分だったこともあり、新潮の記事が出た時点では他メディアが後追いせず、「永田町や霞が関での噂話」(民放政治部記者)にとどまっていた。
■「山口氏スキャンダル」もみ消し疑惑も浮上
しかし、29日夕刻に被害者とされる女性が弁護士を伴って司法記者クラブで会見し、素顔とファーストネーム(姓は明かさず)をマスコミに公開する形で、検察の不起訴処分を不服として検察審査会に審査を申し立てたことを明らかにしたことで、新聞やテレビ各局が一斉に取り上げる事態となった。一見すると「よくあるスキャンダル暴露にみえる」(司法関係者)が、海外で活動するフリーの写真家でジャーナリストと名乗る女性の「(山口氏が)逮捕寸前に『上からの指示で逮捕を見送った』と捜査員から知らされた」という発言が衝撃的だったからだ。
新潮の記事などによると、山口氏の逮捕を見送った時点での警視庁刑事部長は2015年まで菅官房長官の秘書官を務めたエリート警察官僚。さらにマスコミを驚かせたのが山口氏が相談メールを送った相手が内閣情報官ではないかという点で、新潮編集部に誤送信されてきたとする山口氏のメールのコピーも掲載されていたことだ。これが事実となれば「首相と親しいジャーナリストだから不起訴処分にしたのでは」と疑惑にもつながる。
さらに、前川氏のスキャンダル暴露と合わせれば「官邸と対立する人物は攻撃するが、官邸寄りの人物は守るという印象も拭えない」(民進党幹部)ことにもなる。この暴露記事が出る直前にテレビ画面から姿を消した山口氏は、自身のフェースブック(FB)で「法に触れることは一切していないし、起訴も逮捕もされていない」などとコメントしたが、これに安倍昭恵夫人が「いいね」したことが判明すると、「なんという無神経」などの書き込みが殺到してさらに騒ぎを大きくした。
5月17日に朝日新聞の「総理の意向」特ダネが報じられた際、他大手紙の一面トップはすべて「眞子様ご婚約」だった。ただ、永田町では「NHKも朝日と同じ情報を得ていたが、官邸筋から眞子様の婚約情報が伝えられ、午後7時のトップニュースで報じて各紙が後追いした」という怪情報も流れている。「まさに虚々実々の情報戦」(民進党幹部)だが、自民党の古参議員は「総裁選などで政局が緊迫すると怪情報が駆け巡るが、今回のような下ネタを絡めた情報合戦は初めて」とあきれ顔だ。
「加計学園疑惑」について連日のように未確認情報が飛び交う中、参議院では29日から「共謀罪」の審議が始まった。民進党などは参院法務委で疑惑追及を続けているが、首相は「そもそも獣医学部新設については自民党政権では認めなかったのに民主党政権で認める方向になった。安倍政権はそれを引き継いで今回の動きとなった」などといつもの民進党攻撃で追及をかわす構えだ。
民進、共産両党は「前川氏の証人喚問と衆参予算委での集中審議」を求めているが、自民党は証人喚問を「明確に必要ない」(竹下亘国対委員長)と拒否する一方、集中審議には柔軟に対応する姿勢を示す。これは「共謀罪の早期成立を狙って、参院法務委での審議促進を集中審議受け入れの条件とする高等戦術」(民進党国対)と見られており、野党も難しい判断を迫られている。
■高安関口上の「正々堂々」が皮肉に聞こえる
これまでの国会攻防を見る限り「森友も加計も疑惑の核心の解明は二の次で、場外乱闘ばかりが続いてきた」(共産党幹部)のは間違いない。ネット上では「首相の地元の蕎麦屋のメニューから『もり』と『かけ』が消えた」などというブラックジョークが出回り、たくさんの「いいね」を集めているという。その一方で永田町では「野党が抵抗すれば会期末解散で都議選とのダブル選も」という噂も飛び交う。ここにきて朝日新聞が「なぜ安倍内閣の支持率は落ちないのか」という特集を組んだが、国民の求めているのは「公正で透明な真面目な政治」だろう。
5月31日に新大関昇進が決まった大相撲の高安関は伝達式の口上で「大関の名に恥じぬよう、正々堂々精進します」と決意表明した。真っ向勝負の突き押しで横綱を目指す新大関の口上は現在の政治への皮肉にも聞こえる。「共謀罪」や「森友・加計疑惑」では政府与党は「会議録を処分したからわからない」「調べたが確認できない」などの"逃げ答弁"に終始し、野党の追及も「報道によれば」と自らの調査能力欠如を露呈する場面ばかりだ。終盤国会の攻防はこれからが本番だが、永田町では「うやむやで終わり、国民の政治不信を拡大させるだけの結末になるのでは」(首相経験者)との自嘲めいた声も広がる。