ローカル紙連載の元東大学長佐々木毅さんの「トランプ政権1年の総括」と題したコラム紹介

 トランプ政権の発足から1年がたった。その影響はやはり大きかった。
 確かに経済は「トランプにもかかわらず」好調である。各国の株式市場は史上罍『値を次々と更新し、先日国際通貨基金IMF)が世界経済の成長率を上方修正したように、世界経済は絶好調というべき状態にある。これは格別トランプ政権の功績ではなく、世界経済が10年をかけてりIマンーショツクのしがらみをようやく脱したという事実以外の何物でもない。
 足元ではこの政権は保護主義的な施策の実行に余念がない。発足当初、環太平洋連携協定(TPP)からの脱退を宣言し、カナダ、メキシコと結成している北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し交渉の前途も楽観を許さないと言われている。カナダが急にTPPの署名を受け入れた背景にはこの見直し交渉の厳しさがあったという観測には説得性がある。
 トランプ政権は米国が世界秩序の形成者であるよりも、それからの離脱者であることを日々宣言している。政権の目線は専ら自らを支持してくれた米国の有権者に向けられている。最近唐突に米国のTPPへの復帰の可能性について言及したが、にわかに信じ難い話である。
 ギャラップ社が行った米国の国際的な指導力についての世界規模の調査結果は興味深い。米国の指導力を「評価する」は30%で、「評価しない」が43%であり、オバマ大統領時代と比べ、「評価する」は18回急落した。日本では「評価する」が31%で、前回調査かき16回下落した。「評価しない」が多かったのは欧米諸国においてでありノルウェーでは「評価しない」が実に83%に達した。
 国際的な指導力のランキングでもトップはドイツにとって代わられ、米国は中国にも抜かれ、辛うじてロシアを上回るレベルにとどまった。かつて米国と親密であった同盟国や欧米諸国における米国の国際的な指導力に対するこうした厳しい評価は、トランプ政権の掲げる米国第一主義の当然の結果であり、その離脱者メンタリティーを鋭く感じ取った結果と言えよう。
 この1年の間、米国の経済力や軍事力が急速に弱体化したわけではない。しかし、その国際的指導力は急落した。これは米国の権力の質の変化に原因がある。
 これまで米国の権力は経済力や軍事力に加えて、仲間を説得し指導していく政策や理念があり、いわば大きな膨らみを持っていた。ところがトランプ政権は米国第 一主義によってこの政策と理念を切り捨て、いわば米国の権力を自ら痩せさせたのである。
 これでは同盟国との信頼関係もおぼつかないことになり、一時期唱えられた価値観の共有に基盤を置いた価値観外交といった言葉も死語になってしまった。目下のところ日米関係は安定しているが、トランプ政権の予測不可能性に対する懸念は根深い。
 これらは政策に関わる問題であるが、政治のあり方・スタイルについても大きな問題がある。
 トランプ政権の誕生後、ほとんど毎日耳にするようになったのがフェイクニュースという言葉である。元々は「まやかしのニュース」 「でっち上げ」といった意味であるが、今や最大の政治用語にまで成長したように見える。単純化して言えば、トランプ政権は自らに都合の悪い二ユースをフェイクニュースとして無視し、攻撃することによって、問答無用型の政治スタイルを新たにつくり上げた。その分、政策などの賛否を扱う本来の政治は片隅に追いやられる一方で、この政権はその支持者たちが耳にしたくないニュースをフェイクニュースとして無視することによって支持者固めを毎日繰り返している。その結果、政権に対する支持率は低迷しているが、支持自体はかなり強固である。
 この政権は米国社会の分断の産物であるとともに、その促進要因でもある。米国第一主義がこうした政治構造を抱えている以上、米国の国際的指導力に期待するのは難しいであろう。従って、別の視角から世界を見なければならないことをトランプ政権はいや応なしに示した。(元東大学長)