広がり続ける女性間の格差
「ワンオペ育児」を著した社会学者の藤田結子・明治大教授は「緒方さんが議員だったことが大きい。社会学者の上野千鶴子さんはこのような女性たちの感情を『相対的剥奪』という概念で説明しています」と指摘する。
藤田さんは「非正規雇用で子供を産めずにいる」「2人目は無理」などの声を多数聞いている。「そんな人の目には恵まれた人のわがままと映ったのでしょう。『シッターを雇える身分なのに。私たちはもっと苦労している』と。女性間の格差は拡大する一方です。バッシングの背景には、非正規で使い倒され、不安定な中で子育てをする女性たちの厳しい現実があります」と説明するのだ。
日経WOMAN元編集長の野村浩子淑徳大教授は「訴え方が働く女性の共感を得にくいものだった」と分析する。「組織の中で男社会の論理を突き崩そうと地道に努力を重ねている女性たちの目に、緒方さんの訴え方は稚拙と映ったのでしょう。もっと戦略的にやらないと周囲の理解は得られない、と」
「トーンポリシング」という指摘も
「子連れ議会」の賛否を聞く「ヤフーニュース意識調査」(2日午後11時現在)では、約30万の投票のうち8割強が「反対」だ。ネット上の批判を見ると「ルール違反」「訴え方がダメ」などが目立つ。さらに「子供をダシにしたパフォーマンス」という声も。
しかし、病児保育などに取り組む認定NPO法人「フローレンス」の駒崎弘樹代表理事は「ルールに従えという価値観は日本社会の特徴。しかしルールは人が作り、変えていくもの」と説く。「パフォーマンス」との批判に対しても「人種差別に反対してバスで白人に席を譲らなかった一人の黒人女性の行動が、公民権運動につながった。多くの社会変革は横紙破りのパフォーマンスがきっかけになっている。パフォーマンスで何が悪いのか」と反論する。
駒崎さんはさらに、女性の権利を主張する欧米の運動を背景に生まれた「トーンポリシング」という新しい言葉で、今回の問題を読み解く。抑圧された側の発する訴えには怒りや悲しみの感情が伴う。その「トーン(調子)」を「ポリシング(取り締まる)」という意味だ。「気持ちは分かるが、そんな言い方では周囲に理解されないよ」「目的は正しいが手順を踏むべきだ」という発言は冷静で理性的に見えるが、問題の本質を訴え方の是非にすり替え、結果として抑圧に手を貸す、とされる。
21世紀の「アグネス論争」?
タレントのアグネス・チャンさんは長男を出産した翌1987年、乳児連れでテレビや講演の仕事を再開した。これを作家の林真理子さんらが「職業人の自覚に欠ける」などと批判。「職場にプライベートを持ち込むなという『正論』が女性を抑圧している」「子連れ出勤は子育てを母親だけに押しつける」など多様な視点から議論が盛り上がった。
「いいえ、時代は大きく変わっています」と藤田さんは言う。「当時のアグネス論争では、男性たちは『女同士の戦い』と高みの見物だった。今回は少なからぬ男性が緒方さんを擁護している。30年前より男性の育児参加が進んでいるからでしょう」
緒方さんが1年前から議会事務局と交渉してきた経緯や、自分個人の権利だけでなく、子育て世代の大変さを訴えようとしたことが知られるにつれ、賛成意見も増えてきた。
<懸命に生活してる子育て世代を、「恥」だとか、「迷惑」だとか、目を背ける風潮、要点に触れず、叩(たた)き潰す世の中だから少子化なんだろな>
<わがままではなく、大切な問題提起。そもそも「議員さん個人でベビーシッターを雇って対応してください」という自己責任モデルが、この国の少子化を加速化させている>
ツイッター上では「#子連れ会議OK」というハッシュタグを使い、打ち合わせや会議などの場に子連れで来てもらって構わないと意思表明する動きが広まっている。
緒方さん「子育ての悲鳴を可視化したい」
緒方さんによると、昨年11月に議会事務局長ら3人に妊娠を報告し、子育てと議員活動の両立について相談した。今年4月に長男を出産したが、体調を崩して休んでいた。今年11月に入り、12月定例会への出席を議会事務局に連絡した。
熊本市の同僚議員や市民たちは?
厳重注意の処分を決めた議会運営委員会で、最大会派の自民の高本一臣市議は「開会が遅れたことと子育て環境の充実は切り離して考えるべきだ。緒方市議が子育て環境で不十分な点を提案した。環境の改善に向けた議論につなげたい」と話した。
一方、満永寿博市議(自民)は緒方市議が市議会への託児所設置やベビーシッター代の公費負担を求めたことに対して「ベビーシッター代の公費負担はもってのほか。議員だけが利用できる託児所の設置は許されない」と否定した。
市民も関心を寄せている。中央区の無職、安田勝年さん(72)は「乳児は泣くので議場に入るのは問題だ」としながらも「議会開会中だけでも市役所の空き部屋を使って託児所を作るなど、安心した環境で議員活動してくれた方が市民のためにもなる」と話す。南区の会社員、川本久仁夫さん(69)も乳児同伴に否定的だが「子育て中の議員は少ない。公費でベビーシッター代を出しても支出は少ないはずだ」と話す。