大阪市職員の厳しい現状、何故に役人・公務員はこうも嫌われるのか

 読売新聞社が15~17日に実施した世論調査で、大阪府民963人から得た回答では、職員への入れ墨調査など公務員に厳しい橋下徹大阪市長の姿勢に賛成が79%、反対が14%だった。
 東日本大震災で発生した災害がれきの受け入れ方針に対しても賛成が79%に上るなど、就任半年の橋下市長の政治手法や施策は、府民の高い支持を受けている。
 橋下市長は職員を対象に、2月に政治活動への関与などを問う調査を行い、5月には入れ墨の有無に関する調査を実施するなど、規律の徹底を図っている。こうした姿勢に対し、就任3か月での前回世論調査では賛成73%、反対17%だったが、今回はさらに賛成が増えている。
 「入れ墨をしている」と回答した職員が113人に上ったことや、盗撮や万引きなどの職員の不祥事が止まらない現状に府民が厳しい視線を向けていることが、高い支持率の背景にあるようだ。
 
 
これ読売新聞の報道である。

 
 
 私は常々役人・公務員の批判を続けて来たし現在も続けている。
 
 大阪市長に当選以来のこの橋下市長、小気味いいくらいの職員叩きである。
 どちらかと言えばこの職員・公務員叩き、普通これほど電光石火にやると、職員に同不満意見が出て敵視され、今後の政権運営に支障が出そうであるが、出ないで逆に報道にあるように、橋下市長は市民・府民に理解されてるみたいと言うより、如何に職員・公務員が嫌われている証とも言えよう。
 それで私は何故こうも役人・公務員は嫌われるのだろうか、何故にこうも国民の公務員に対する理解と支持が少ないのか考えてみた。私はブログタイトルの一言に「政治と行政に一言言いたい」としてと書いている。これは「政治と行政の不条理に一言言いたい」と書き換えても良い位、私は不信感を持っている。特に私は政治より行政に即ち役人・公務員に対してそれが大きいのである。
 私の周囲には、役人・公務員と聞くと10中八九、もうどうしようも無く見下げてるのが現状である。それは何故か。
 
 私はそう言う方々の意見をまとめてみると、悲しいかな半分以上は何やらやっかみと妬みが主みたいである。裏を返せば、彼らの報酬、つまりは給料は自分達が出している、養っていると言う、ある意味直接的な部分によるものが多いと見受けられた。個人商店の店主の感覚なのでなかろうか。そう言う自分より身分の保証が厚く、福利厚生も厚く、休日は倍以上保障されれば、よほどの出来た人間でない限り、無理も無いのかも知れない。そこで国も自治体も少しは国民を気遣い、せめて仕事に謙虚さを持ち、一部の心無い馬鹿な役人・公務員を糾弾する気持ちを持てば国民も納得するのだろうが、現実の彼らは自分らの同僚をかばい、その行為を隠蔽しようとする。それを国民は許せないのである。そこのところを理解しない役人・公務員であるからこそいつまで経ってもその不信は拭えないのである。
 
 私が一番この行政=役人・公務員の不条理と感じるのは、世の全ての福利と厚生において、必ずやその率先を切るのはあるいは切れるのは行政=役人・公務員だからである。これは私は最大の不合理と考える。例を出して考えれば、労働状態を表す「週休二日制」の実施である。これは「働きすぎ日本」を解消する意味での法であった、が、戦後高度成長を支えて来た団塊の世代以前の人間には到底受け入れられる状態で無かった事はその施行時期を見ればよく解かる。これは欧米では1950年代頃までは一般化していたが、我が日本では大体1980年代以降で、ほぼ一般化したのは2000年前後である。当時日本で実施してたのは大企業である松下産業(現パナソニック)等一部に過ぎなかった。
 これが役所で実施されたのは1992年(平成4年)に完全「週休二日制」が実施されている。しかし、民間では金融関係つまり銀行は早くて1983年8月~1989年1月まで第2土曜日が休みで、1989年2月からは土曜日が全て窓口休業となったのである。銀行は窓口は休業だが、逆に銀行員の労働条件はその歪で増えたのであった。この「週休二日制」のお蔭のためにである。
 私はこのような感覚の違いが意識の違いが今日の役人・公務員の意識を助長させていると言って過言でないと思っている。
 
 私が言いたいのは、何をするにしても何をやるにしても、楽になる事だけは役所・自治体が率先する事を言いたいのである。しかも待遇が一番良い役所・自治体がである。
 
 中小・零細企業とそこに働く従業員はいつも置き去りだからである。こんな不条理・こんな不合理、後にも先にも無い。
 
 こう言う事が国民に鬱憤として溜まっているのである。
 
 そこのところを役人・公務員には理解してもらいたいのである。も少し国民に気遣って頂きたいのである。