恒例のローカル新聞での元東大学長佐々木毅のコラムを紹介する

 参院選が始まり、争点を巡って興味深い傾向が見られるようになった。当初、ロシアのウクライナ侵攻を受けて安全保障環境の厳しさとそれに対応するための防衛費の倍増などが中心テ-マと考えられていたが、相次ぐ値上げ報道を受けて物価問題が急浮上しつつある。一部の調査によれば、政府の物価対策に対する評価が岸田政権に対する支持率に影響を及ぼし始め、そこで政権はいささか慌て気味に政府に物価対策本部を立ち上げたようである。今年は猛暑の予想もあり、それはエネルギー価格の問題を直撃し、参院選は。天候をも巻き込みながら、久しぶりに物価問題で熱くなりそうである。

 「物価の上昇は困る」という議論は高度成長期を含め、珍しいものではない。私の印象では、高度成長期を含め、「物価の上昇は困る」と言いながらどんどん成長したのがかつての日本の姿であった。物価の上昇といっても上昇するのが何かによって持つ意味合いが全く違ってくるし、困るのは誰かによっても違ってくる。また、短期的処方箋を考えるか、長期的戦略を考えるかで話は全く違ってくる。こうした違いが区別されることなく過度に単純化されるのが選挙の現実であるとすれば、有権者の読解力が頼りである。

  周知のように、今の物価問題は日本だけの問題ではない。米国や欧州諸国では数十年ぶりの大インフレ問題であり、各国中央銀行はインフレを食い止めるため利上げに躍起になっている。この大インフレの原因はさまざまであるが、一つにはコロナ禍による経済活動の世界規模での未曽有の分断とそこから「正常への復帰」のための調整コストと考えるが、との調整コストをさらに高くしたのがウクライナ侵攻であり、大規模な経済制裁はこのコストを高めつつある。かくして各国においてインフレ問題が最大の関心事となり、ウクライナ問題は片隅に追いやられることになりかねない。

 そして欧州では物価高騰に反対するデモやストライキが広がり、当然、それは政治的結果につながる。先日行われたフランスの国民議会総選挙では、マクロン大統領の中道派が大きく議伸ばした。米国ではバイデン大統領に対する支持率がさらに低下し、秋の中間選挙は同政権にとってますます厳しいものとなりそうだ。ウクライナ問題に対する米国民の関心はインフレ問題の前にすっかり影が薄くなってしまった。

 

 そして欧州では物価咼騰に反対するデモやストライキが広がり、当然、それは政治的結果につながる。先日行われたフランスの国民議会総選挙では、マクロン大統領の中道派が大きく議席を減らし、それに代わって急進左派と極右とが大幅に議席を減らし、それに代わって急進左派と極右とが大幅に議席を伸ばした。米国ではバイデン大統領に対する支持率がさらに低下し、秋の中間選挙は同政権にとってますます厳しいものとなりそうだ。ウクライナ問題に対する米国民の関心はインフレ問題の前にすっかり影が薄くなってしまった。 さらに注目すべきは、途上国の一部においては物価の高騰にとどまらず、‐食糧危機と飢餓が眼前に迫っていることである。これは小麦の輸出大国であるウクライナからの輸出がロシア軍による黒海ルートの封鎖によって事実上途絶したことに起因しているとされている。ここに至ってウクライナ侵攻は世界の人道危機との関連で議論しなければならなくなったが、ロシアと先進7力国(G7)は互いに責任は相手側にあると主張している。このまま放置しておけば政治的混乱が世界中に広がり、収拾のつかない事態になりかねない。多くの国々の経済的困難はいや応なしにロシア、北大西洋

条約機構(NATO)双方にウクライナ問題の解決を促す要因になろう。

+ 確かにそれはウクライナ問題の解決を促す要因にはなるであろうが、ロシア、NATO双方にその準備があるようには見えない。ましてや、来年のG7議長国日本に準備があるようには見えない。ウクライナ問題は口シアの石油・天然ガスウクライナの小麦を通して、軍事的衝突から世界の経済的・政治的マネジメント問題に転移したように見える。軍事的衝突が第1幕であったとすれば、明らかに舞台は第2幕へと移りつつある。そして両陣営は飢餓やエネルギーなど広範な課題を巡って競争を繰り広げざるを得ない。日本も世界政治の一翼を担おうとするならば、「NATO並み対国内総生産(GDP)比2%の防衛費を」といった話ばかりではその任に堪えずということになりかねない。まずは開催中のG7首脳会議(サミット)での腕前を拝見しよう。

 

 

これは2022年6月27日のあるローカル新聞に掲載された元東大学長佐々木毅さんのコラムである。

 

 

この記事そのまま読んで頂ければ幸いである。