ついに小沢動く

 選挙も後半戦、自分が幹事長時代に考えた複数区複数擁立、辞任に絡み苦戦が伝えられる新人候補のテコ入れに動き出した。小沢にすれば綿密に計算した上での複数区複数擁立だった。選挙に疎いものはその擁立を無謀と批判したが、いつもの如く説明と弁解せずに聞き流した。いいたい奴には言わせておけばいい、いつもの気持ちだった。
 小沢は信念を持った男であり、約束破る事と弁解を極端に嫌う、そして男と男の約束は必ず守るし、守れない事は約束しない。政治に身を置くものは約束した事は守らなければ政治家とは言わないと常々思っているし、今まで実行してきた。唯一守れなかった事が2つある、1つは1991年の東京都知事選での元NHK記者の磯村尚徳を擁して敗れた時と今回のマニュフェスト不履行である。都知事選では鈴木俊一都知事(当時)をおさずに磯村をおしたのは決して小沢の独断では無かった、公明党との協力関係が得られなかったからであり、今回のマニュフェスト不履行は皆さんご存知の通りである。しかし、小沢は一度も弁解をしていない。
 今回の参議院選菅首相と枝野幹事長の発言には我慢なら無かったのであろうし、枝野たちに誤解もされたくなかったのではと私は解釈している。
 小沢が複数区複数擁立したには、訳と意味がある事民主党の幹部は理解できなかったのではないか。共倒れという危険性は全くないという事を理解できなかったのではないか。これは最低でも1人、あわよくば2人なのである。しかし、2人が競えば2人当選も現実なものとなるし確実に比例票は上積みされる、それと、指定席みたいに与野党1人づつの甘えは今後の為にさせないという一石三鳥の効果を狙ったものである。これにはリスクも無い。何故か、2人目の候補は小沢がすべてやるので党にもそんなに迷惑もかけない。現に今小沢の秘書連中が複数擁立区に飛び実質選挙戦を戦っているのである。当の小沢が動くからには成算あっての事だと解釈しても良い。もう小沢は今しっかりと秋を見据えている。