検察・裁判官・弁護士・警察・教師等の聖職に思う

 先日郵便不正事件の捜査を指揮した主任検事が、証拠品のフロッピーディスクを改ざんした疑いで逮捕された。そして今日その主任検事・前田恒彦容疑者(43)の上司だった大坪弘道・前特捜部長(現・京都地検次席検事)を東京に呼び、事情聴取するそうである。

 私はあらためて表題の聖職とは何であるか調べてみた。直訳すれば1.神聖な職業・職務。2.宗教集団において、信徒の上に立ち、儀式の執行、信徒指導のほか、神殿や寺院または教会の運営・管理に当たる専門職。とあるが日本流に直訳すれば1.の神聖な職業・職務と訳されるだろう。しからばもっと解り易く直訳した言葉・意味は無いのかと思いまたまた調べてみたらあったあった。nemurinekokunと言うIDの方が『一般に「聖職」とは神官や神父、神主や法師といった 宗教がらみで神聖な職業をさします。でも 現在では教諭・政治家・警察官・弁護士など同様のイメージで見られます。それは 道徳や法律を守る鑑としての役割を果たすと言うことがあげられると思われます。』とあった。恐らく今のそれの意味。考え方としては私はベストアンサーではないのかと思われる。
 そこでこの方々は本当に聖職と呼ばれるにふさわしいのだろうかと思いまた調べてみたら、あるあるある。とてもじゃないがこの頁を借りて説明出来ないくらいあった。何が。殆んどが不祥事である。それもセクハラ、盗撮、下着ドロ、それに知能犯的な詐欺・窃盗・公金の横領等とてもじゃないが、聖職と呼ばれるにふさわしいどころか程度の低い下劣な事件が多すぎる。
 表題の検察官の問題に移るがどうしてこのような事件が起きるのだろうか。私は民間の成果主義が誤って拡大解釈された結果ではと思える。民間ではその主義が向上心がある人は、より自分を高めようと努力する、いい意味にとられるが、役人の場合はリスクを置き去りに考えるのではないかと思う。でなければ今回の場合FDのデータを改ざんしてもた易く見破られるのは解っていた筈なのに犯した。と言うのはその罰がないからではと思える。
 やはり、聖職者といえども我々と同じ人間であるし、たまたま職業が聖職といわれる職業だったといった方がいいのかも知れない。何故なら表題の国家試験の受験資格欄には人間性の資格有無が無いからである。今後はその人間のルーツまでも調べなければ出来ない時代が来るのかも知れない。恐ろしい事だが、今の聖職者達が自分達の肩に掛かっている事を自覚する事が大事と思われる。