自民党東京都連会長の鴨下一郎・元環境相が「都連として長島氏の入党を推挙したい」と述べると、長島氏は「党勢拡大に尽力したい」。胸ポケットに忍ばせていた自分と妻の「新規入党申込書」と、2人分の党費8千円を差し出した。
2017年7月の東京都議選で小池百合子都知事側について自民党を大敗させ、同年10月の衆院選では小池氏らと希望の党を結党して安倍政権を脅かした長島氏は、自民党にとっての「戦犯」(都連幹部)とも言える。二階氏は「こういう人を温かく迎える自民党でなければダメだ」と述べ、入党申込書の紹介者欄に自らサイン。手土産の高級ウイスキー「山崎12年」を長島氏に持たせた。
約15分の面談を終えた長島氏は、晴れやかな表情でカメラの前にあらわれると、古巣への批判を展開した。
「政権交代可能な政治を実現するには健全な野党の存在が不可欠だ。ところが自衛隊も日米安保も天皇制をも否定する共産党との選挙協力を進め、憲法審査会の開催を阻み続ける今日の野党勢力のありようは、もはや私の政治信条とは相いれない」
「私は二大政党制を標榜(ひょうぼう)して、民主党の候補者として立候補した」。長島氏は初めて立候補した00年衆院補選を振り返り、ホワイトボードに二大政党を模した二つの山を描く。山が重なる部分に斜線を引くと、「二大政党制は、重なり合っているところが大事だ」と説明。政権が代わっても、外交・安全保障政策は変えてはならない、との持論に理解を求めた。
民主党時代の長島氏は、野田佳彦元首相のグループに属し、党の安保政策の中心的役回りを担った。民主党は政権転落後は民進党に衣替えするも党勢低迷から抜け出せず、安倍政権ばかりが巨大化していった。長島氏は民主党で幹事長も務めた細野豪志衆院議員らと党を離れ、小池知事に活路を求める。
小池氏を代表に据えた希望の党では、「保守二大政党」を狙ったが、衆院選で惨敗。その後、細野氏らと再びの新党結成を模索したが、細野氏は自民党二階派に入会する。長島氏は「心がポキッと折れた。夢を追うのはもう限界だ」と周囲にこぼすようになった。
首相からかけられた一言
昨年12月、長島氏は菅氏と東京都内で昼食をともにした。「このままでは何もできません」と訴える長島氏に、菅氏は「都連をまとめるためにも(都連幹部の)萩生田(光一・幹事長代行)と菅原(一秀・国会対策副委員長)に相談した方がいい」と助言した。
自民党入りに向けた環境整備が進む一方、有力支援者からは「苦労するぞ。存在が突き抜けた野党議員として生きる道があるんじゃないか」と厳しい言葉を浴びた。後援会の会合でも「二大政党って言ってたじゃないか」との不満が漏れた。
とはいえ、このまま先送りしても展望が開ける見通しはない。細野氏以外にも、野党から自民入党を目指す動きは引きも切らない。当選6回の57歳。政権党なら大臣の椅子が見える頃でもある。
長島氏は6月10日、萩生田氏に「身を委ねる。選挙区返上も選択肢だ」との決断を伝えた。発足から6年半を超えた安倍政権の磁力は、国会議員を約20年にわたって活動してきた「地元」から引きはがすほどの強さを持つようになっている。
今国会最後の衆院本会議を終え、自民党の会合に出席する安倍晋三首相を、長島氏は党本部8階のエレベーターホールで待ち構えていた。「よろしくお願いします!」。新人議員のように頭を下げる長島氏に、首相は満面の笑みをたたえ、こう言った。
「長島さん、党に貢献してね」(岡本智)
これ『かつての「戦犯」自民入り「二大政党の夢、もう限界」』と題した2019年6月28日18時00分の岡本智さんの記事である。
人間ここまで変われれば世も末と言うものだが、小沢一郎さんではないが昔の格言とおり「去るものは追わず」だ!
今のままでは今後の当選はおぼつかないだろうと考えたからの転身だろうが、地方選出の議員だったらまだ救えるが、何せ無党派層の多い東京が選挙区だ。政治に無知で、しがらみもない東京である。このような変身が一番無党派層が嫌う要因だ! 長島さん直ぐ前しか見てない。いづれこの方これで政治生命尽きて終わりだろう。選挙民と言うのはそんなに甘くない事を知るべきだ! それにしても黄昏安倍政権もうすぐ終わりなのに何を考えたのだろうか。バカな男である。