先日のローカル新聞に恒例の元東大学長の佐々木毅さんの「大盤振る舞い予算に思う」と題したコラムが載ってたので紹介したい

 今年の年末は来年に対する楽観ムードが目立つ。日経平均株価は年末に至って年初来高値を更新し、来年は3万円に達するとの強気な見方も出ている。日本もいよいよ長かったデフレを脱し、消費者の固かった財布のひももついに緩み始めるというわけである。日銀は歴史に残る低金利政策を続け、その上、政府は97兆円超の史上最大規模の予算を編成し、大盤振る舞いをして、この雰囲気を盛り上げている。
 安倍政権も発足5年で、ようやくここまでたどひ着いたということであろう。これだけ大盤振る舞いしたのであるから、何らかの成果が出て当然である。
 誰しも認めざるを得なかったことであるが、この5年の間に最も目覚ましい成果を上げたのは、何といっても、外国人観光客の急増であった。彼らは毎年数兆円の需要を新たに喚起し、その動きは都市圏のみならず、全国各地に及んでいる。ビザの発給政策は政府の専管事項であり、その知恵を評価しないわけではないが、そのコストは観光庁の予算を含めても予算全体において微々たるものに違いない。
これに比べて日銀の政策や政府の地方創生総合戦略の成果はどの程度の成果を上げたのであろうか。別に嫌みを言うわけではないが、この数年、次々と華々しく打ち出された「○○戦略」にどのような成果があったか、国民目線でしっかり見極める必要がある。
 ここに来て政府は全世代型社会保障の名の下に、高齢者中心の社会保障イメージからの転換を図っている。少子化が喫緊の課題であるというのであれば、これは当然の方向転換であろう。問題はいろいろな試みと長い迂回の後、政権5年でようやくここにたどり着いたことである。言うまでもなく、少子高齢化問題は20年以上前から予見されていた難問であり、歴代政権は通り一遍の政策でお茶を濁してきたというべきであろう。
 人口問題の決定的な重要性に対する感覚の鈍さは日本の政治の悪しき遺産のように見えるが、安倍政権がこの悪しき遺産からどれだけ自由であるかは要注目である。
 来年度の予算に特徴的なもう一つの点は防衛費の急増であり、目下の国際関係からして急速に減る可能性は低い。
高齢者対策、少子化対策、防衛費の増大を足し合わせた結果が97兆円超ということであろうが、この積み木細工はいつまで持つであろうか。
 今年、この欄で何度も話題にしたのが先進国の政治の変調であった。ある財界人によれば、今や先進国の政治で安定しているのは日本くらいであり、日本に国際的なりーダーシップを取ってほしいという声が国際的にあるという。こうした話を素直に喜べないのは、比較の物差しがあまりに違うからである。
 周知のように、日本政府はこの大盤振る舞いの財源の3割以上を特例公債の発行によって賄っている。そして日銀は低金利政策によって政府の借金の利払いを軽減している。積み上がった国の借金は1千兆円を超える。
 ドイツのように均衡財政を大原則に掲げる国は別格としても、欧州の国々は財政赤字を低く抑える条約によって縛られている。当然、財政の大盤振る舞いはできないし、やたらに景気対策を打てるわけではない。若者を中心に失業が増え、反移民感情の素地が生まれる。学生が売り手市場を謳歌する日本の話をしても、びっくりされるだけである。
 一つの頭の体操であるが、来年度予算のうち、仮に公債金収入をゼロとした場合、それに見合う歳出を減らそうとすれば、それにやや近い額なのが社会保障費である。すなわち、医療、年金、介護、生活保護をゼロにすれば公債金収入がゼロでもやっていけるということである。しかし、その時の日本社会はとんでもないことになることは明々白々である。
 適切な例えかどうかはともかくとして、日本社会は公債金収入という竹馬の上に乗り、他の先進国をさながら見下ろしているようなものである。しかし、この竹馬がいつまで持つか、それが壊れた時に何が起こるか、これは神のみぞ知るところである。(元東大学長)
 
以上である。