来年はがんばろう

今日は大みそかだ。
早いもので1年があっと言う間に終わりそうである。
色んな事があった。
でも決して生活が豊かになった訳では無い。
どうしてなのだろうか。
皆自分の事しか考えないからではないだろうかと思える。
何をやるにしても他人の事には構わず、まず自分。
何でも自分が先のように感じる。
政治を見てみれば、まず自分。つまりは他人を考えない他人の事への「気遣い」と言うのがまるっきり無いように思う。
言い換えれば国民への「気遣い」がまるでない政治といえる。
これはどこから来るのか。
戦後70年、もうその時代を知る世代は少なくなってしまった。
食べ物も無い時代はもう過去のものとなり、それを知り得る世代は殆どいなくなってしまった。僅かにそれを親の口伝えで知る世代しか居なくなってしまった。
戦後復興の陰で、そのありがたさを知る世代の枯渇と言えそうだ。
今政治を司る世代は正に、そのありがたさを知らない世代ばっかりである。
他人の痛みを考える世代では無い?のか。
見方を変えれば、いつの時代でも育つ環境だけでない何かがあるようにも思える。そう人間としての性格だ。
その性格は人間(ひと)によっては生きた世代が違っても、他人の事を考える事の出来る人間もいる。
残念ながら今の政治にはそう言う人間はこれっぽちもいない。それが物の豊かさだけでない心の豊かささえ置き去りにしてる様を見るにつけ、格差を異様に感じる。
これではいかんと思うが、何も出来ない自分がもどかしい。
出来る人間を作り、その人間にやってもらうしかない。
そのために僅かだけど頑張るしかない。
来年はそうしたいものである。
うんそうしよう。