はからずも4月25日の朝日新聞朝刊では、安倍首相が「同日選見送り」の意向を固めたと報じる。この意向に5区の補選結果が影響したのか否かは定かではない。ともあれ「前哨戦」と目された北海道5区補選をどう捉えるかは、今夏参院選の重要な試金石であることは変わりない。以下、分析してみたい。
野党共闘に共産党が参入することへのアレルギー(共産アレルギー)は、新党大地の鈴木宗男氏が自民の和田氏を支持したことからも伺えるように根強いと言われてきた。
この共産党アレルギーは、今次補欠選挙での結果を見る限りほぼ払拭されたとみて良いだろう。民進党支持層は共産党との共闘へ強い拒絶反応を示すことはなかったし、共産党支持層も民進党との共闘には相応の理解があったようである。共産党が参加した「野党共闘」は、非自民の支持層をもれなくすくいあげるという意味では「相当程度の成功をした」とみなすのが妥当である。
ところが、この野党共闘の「相当程度の成功」は、それ以上でも以下でもなかった。票数を見ると、池田氏は、元来存在する非自民支持層をまとめあげただけで、それ以上の票を積み増すことは険しかった。
一方で自民党はというと、「野合」と揶揄された野党共闘の普遍的拡大を阻止することには成功したものの、決定的な大差をつけるまでには至らず、「野党共闘」の屋台骨に打撃を与えるには至らなかった。
自民党からすれば「辛くも逃げ切り(辛勝)」、野党からすると「元来存在する非自民支持層の統一」以上の成果に乏しいという意味で、双方に決定的な大勝利、決定的な敗北を喫するには至らないという微妙な結果に終わる。
北海道5区は、北は石狩(旧浜益村)から南は恵庭・千歳、中部に札幌市厚別区を含む広大な選挙区である。札幌市の郊外、ベッドタウン、近郊農業地帯として栄えるこの選挙区は、かつて「社会党王国」と言われた北海道の中にあっても、町村信孝氏の強固な地盤であり、珍しく保守色の強い「孤高の選挙区」であった。
北海道の政治的革新色は、まず北海道開拓の歴史的経緯に依拠する。官主導の鉄道敷設と、国策としての炭鉱開発が大量の労働者を産み、労働組合の拡大に繋がった。特に北海道5区を含む道央地区は、札幌市が戦後の高度成長期に急激な人口膨張を迎えた関係で、内地(本州)には無い独特の政治気風を育てた。
よって、札幌市とその周辺は内地のような大地主や財閥など、伝統的資本家階級にみられる「地縁」に類するしがらみは極めて薄く、アイヌ民族の兼ね合いもあり、多文化共生、リベラル、革新の気風が強烈である。
地元で強大な権勢を誇る地元紙北海道新聞は、並み居る全国紙を抑えて全道一のシェアを堅持し、紙面の気風は典型的リベラルだ。
日本領としての歴史が浅く、民間資本が比較的に弱い土地柄なだけに官主導の産業発展がすすみ、よって自治労、北教組の発言力も根強い、とされる。このような中、珍しく保守色を堅持していた北海道5区も、札幌市への一極集中と、それに伴う郊外におけるベッドタウン化によって「地縁」のしがらみの薄い新規居住者たち(無党派)の数が次第に増していった。
北海道5区にはかつて存在した強烈な保守地盤は崩れつつある。しかし今次補欠選挙で示されたように、それは「崩れつつある」だけであって決して決定的に崩れたわけではない。
今次補欠選挙での地域別得票を仔細に点検すると、興味深い特色が判明する。北海道5区の中でも唯一政令市・札幌市の郊外であり大票田の厚別区では池田氏(野党共闘)が勝利している。その他、札幌市の典型的なベッドタウンである江別、石狩、北広島の各市でも池田氏が和田氏(自民)に競り勝っている。
2,000万円台前半で広々とした庭付き新築一戸建てやゆとりのあるマンション等が購入できるこれらの札幌市のベッドタウンは、ファミリー層に人気であり、おおむね堅調に人口が増え続けている。中でも江別市は人口規模の割に私立大学4校が立地するなど、札幌近傍の文教都市としての性格が強化されている。既に述べたとおり、「地縁」の薄い中産階級が大量に流れ込むこれらの都市は無党派層が強く、池田氏有利に働いたと見える。
他方、和田氏が強力なのは自衛隊駐屯地を有する恵庭(えにわ)と千歳(ちとせ)の両市である。厚別、江別、北広島等で負けた和田氏は、この両市で圧倒的に差をつけたことで池田氏に勝利した。
空自も拠点とする千歳・恵庭両市は、道央圏では名の知れた「基地の街」である。当然のこと、投票用紙には記名はないが、自衛隊関係者の多くが和田氏(自民)に一票を投じたことは想像に難くない。
一方野党側からすれば、恵庭・千歳の票を切り崩せなかったことが最大の敗因である。繰り返すように、自衛隊と密接な関係を有する同市へは、民進党を筆頭とする野党の唱える安保法制への姿勢が、「現実的ではない」との印象を以って受け止められた可能性がある。
集団的自衛権の解釈変更、安保法制の現場に立つ自衛隊関係者には、安保法制への野党の訴えは響きづらかったと評価して良い。
崩れつつある”孤高の保守王国”北海道5区は、なおも強固な恵庭・千歳からの票によって保守色を維持しているという現状は、今次補欠選挙でも追認された。しかし与党自民党からすれば、相変わらず厚別を含むベッドタウンでは非自民の「岩盤」を切り崩さずには至らず、引き続き課題が残る。選挙区の線引によっては、野党共闘が一定の戦果を収めたことにより、自民党候補が落選する可能性も現実味を帯びる。
他方、野党側は保守地盤の本丸である恵庭・千歳を攻めきれず、労組など旧来型の支持団体と郊外の無党派層を取り込むことには成功したが、それは旧来の戦果とさして変わらず、ただ「共産党アレルギー」が、有権者の中にほとんど存在しない、という事実を追認するだけで終わった。ただし選挙区の線引によっては非自民の支持層をもれなく吸収できる可能性があるという、「粘り」は一定程度示しただろう。
この戦いで日本軍は、米空母レキシントンを撃沈する戦果をあげたが、一方で空母祥鳳を失った。戦術的に日本軍は米軍に勝ったが、日本側は熟練パイロットと艦載機の多くを消耗し、以後、ガダルカナルの戦いの劣勢へとつづく戦略的敗北の端緒を作った。今次の補欠選挙は、まるでこの珊瑚海海戦を彷彿とさせる。
「保守王国」を辛くも維持した自民党は、しかし根本的にその勝利の構造を変化させたわけではない。一方で野党側は、非自民が束になっても「現状維持」にとどまったのを「良」とするのか「否」とするのかは解釈が分かれるところである。
戦術的な勝者は自民党で間違いないが、戦略的な勝者はどちらなのか。自民党は勝った。だが大勝ではない。野党共闘は敗れた。だが「野党共闘」が無意味であったと評価するほど悪い数字ではない―。なんとも微妙な結末が「衆参同日選挙」回避の決定打となったのは、筆者の想像でしか無い。今後の選挙戦次第でその帰趨が鮮明となる。
1982年北海道札幌市生まれ。著述家。NPO法人江映理事長。立命館大学文学部史学科卒。TOKYO FM「タイムライン」隔週火曜レギュラー他、テレビ出演など。主な著書に『ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか』(コア新書)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『戦後イデオロギーは日本人を幸せにしたか戦後70年幻想論』(イースト・プレス)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『インターネットは永遠にリアル社会を超えられない(ディスカヴァー21)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)、『ネット右翼の逆襲』(総和社)、『クールジャパンの嘘』(総和社)等多数。