「不幸中の幸い」と思いながら・・・・・・・・・・

 私は何度も自分の病状を紹介して来た。
 もう7年も経ってしまったが、平成19年の暮れ突如左小脳出血で倒れ、何とか一命をとり止め、このようにこのブログを書き皆さんと交流するまで回復した。
 緊急入院してから、入院中に主治医の言葉「貴方はもう直らないし、この病気と友達になるつもりで、今後がんばって行きなさい」と言われた事に発奮し、今日、今日があるのも事実である。正直その時私はこの言葉を素直に聞けなかった。何で主治医はそんな事言うのか。何で主治医だったら何とか頑張れば・・・・・・と嘘でもいい、そう言ってくれなかったのか。しかもその後の言葉もいけなかった。「このまま回復しても、4.5cm位のすり足がやっとだろう」と妻に言った言葉である。それを聞いたこの私である。生来、負けず嫌いでしかも知らないとも言いたくない性格である。頭がカッと来て良し、だったらやってやろうじゃないかと心で叫んだ。それからの私は最終目標を決めた。何年か後に、この主治医に、「先生あの時は色々お世話になりありがとうございました。お陰さまで、先生が4.5cm位のすり足がやっとだと言われたそうですが、この通り何とかご挨拶に来れるまで回復致しました。ありがとうございました。」とわざわざ言いに行く事をである。それからの私は何かにとり付かれたようにわき目も振らず訓練に励んだ。妻は心配し、そこまでしなくてもと何度も言われたが直るまでも無く今日に至った次第である。それこそお陰で、今ではすり足どころか、麻痺も無く、ワイシャツも自分で着れ、温泉の大浴場にも一人で入れ、年に2~3回も2,3泊の旅行も出来るようになった。今では失調気味の左手のリハビリを兼ね、自宅と会社の部屋と机周りの掃除と片づけを毎日やっている。その時にいつも思う、前記したようにノリの付いたワイシャツのボタンを掛けれ、風呂にも一人で入れ、タオルも絞れ、一人で出来るありがたさ。病気になった事は不幸だったが、そんなに酷くなく、と言うより負けず嫌いの頑張り屋のお陰で、今日今日あるは、それこそ「不幸中の幸い」と思ってはいるが、どうも・・・・・・・・・・・・