沖縄密約訴訟の判決要旨

 東京地裁が9日言い渡した沖縄密約訴訟判決の要旨は次の通り。

 【密約の成立】

 ▽財務省文書の作成経緯と意義

 沖縄返還交渉で日本政府は「米国から沖縄を金で買い戻す」という印象を国内で持たれたくないと考え、日本が米国に買い取り資産の対価を支払うなどの交渉内容は、佐藤・ニクソン共同声明には盛り込まないことになった。交渉で資産の対価の支払いなどに合意し、大蔵省の柏木財務官と米国のジューリック財務長官特別補佐官が1969年12月、イニシャルで署名し文書が完成した。

 文書は沖縄返還協定に基づき米国に支払う3億2千万ドルを上回る財政負担を、国民に知らせないまま実施することを米国と合意していたこと(密約)を示し、政府として存在や内容を秘匿する必要があった。日本の財政負担の大枠はこの文書で決まったといえ、極めて重要性が高い。

 ▽外務省文書の作成経緯と意義

 米国が沖縄返還費用を負担しない基本的立場を議会に報告していたことから、佐藤首相、愛知外相、福田蔵相了承の下、軍用地に使っていた沖縄の土地の原状回復費用400万ドル、米国短波放送の日本国外への移転費用1600万ドルをそれぞれ、買い取り資産の対価を含めた3億ドルに上乗せして米国に支払うことになり71年6月、愛知外相らが了承し、吉野外務省アメリカ局長とスナイダー駐日米国公使がイニシャルを書き込み文書を完成させた。

 文書の内容には原状回復費用や移転費用が含まれており、国民に知らせないままこれらを費用負担すると米国との間で合意していたこと(密約)を示すもので、政府としては秘匿する必要があった。沖縄返還交渉の難局を打開した経緯を示す外交関係文書として第一級の歴史的価値を持ち、極めて重要性が高い。

 【争点に対する判断】

 ▽本件文書の存否

 原告らは外務省や財務省が本件各文書を保有していたことの主張立証責任を負うが、過去のある時点に職員が文書を作成・取得、両省が保有したことを原告が主張立証した場合は、保有状態がその後も継続していることが事実上推認され、廃棄や移管で保有が失われたことを両省が主張立証しない限り、本件不開示決定時点で文書を保有していたと認められる。

 外務省は71年6月ごろ、財務省は69年12月ごろ本件各文書を保有。外務省は2005年12月ごろ、同省の行政文書ファイル管理簿から件名に「沖縄」を含む65?76年作成のファイルを抽出、沖縄返還交渉に関する計308冊を特定した。北米1課の事務官5人で調査したが、本件文書は存在しなかった。財務省は本件訴訟の提起後、「沖縄」の文言を含む行政文書ファイルなどが存在した全部局での交渉関係の行政文書探索や、文書担当者からの聴取をしたが、文書の廃棄や移管の記録は発見されなかった。

 そもそも本件文書については秘匿の必要性や内容の重要性という特質を考慮するならば、保管先とおぼしき部署への機械的・事務的な調査だけで発見されるような態様で保管されているとは考えにくい。両省は沖縄返還に際する支払いの日米合意は沖縄返還協定がすべてだと主張し、文書の内容を否定していた。そのような立場の者が探索しても精度や結果の信用性には一定の限界がある。歴代の事務次官ら関与した可能性がある者に対して、取り扱いや行方を聴取することが求められ、こうした調査をすることで初めて十分な探索をしたと評価できる。

 外務省保有文書はもともと条約の締結交渉に関する一切の文書として、永久に保存するとされている。両文書とも仮に既に廃棄されているとすれば、両省の相当高位の立場の者が関与し、組織的な意思決定がされていると解するほかなく、これらの調査で具体的状況が明らかになるはずだ。

 よって、両省は合理的かつ十分な探索をしたとは言えず、保有が失われた事実は認められない。両省は文書を保有しており、不存在を理由とした不開示は違法だ。

 ▽義務付けの訴え

 本件不開示処分はいずれも違法で取り消されるべきだ。そして、各文書には情報公開法が定める不開示事由はなく、開示決定をすべきことは明らかで、開示義務付けの訴えは理由がある。

 ▽国家賠償請求

 本件文書の背後にある事実関係の一部は沖縄返還交渉当時から、沖縄密約問題として取りざたされてきたもので、原告らは問題を当初から追及してきた。原告らが求めていたのは、密約の存在を否定し続けていた政府や外務省の姿勢の変更であり、民主主義国家での国民の知る権利の実現だ。

 ところが外相は密約は存在せず、密約を記載した文書も存在しないという従来の姿勢をまったく変えず、文書の存否の確認に通常求められる作業をしないまま、漫然と不存在という判断をし、原告らの期待を裏切った。国民の知る権利をないがしろにする外務省の対応は不誠実で、原告らが感じたであろう失意、落胆、怒りの感情が激しいものだったことは想像に難くない。

 財務相の行為の違法性を判断するまでもなく、原告らそれぞれに10万円の賠償などを求める国家賠償請求には理由がある。