米大リーグ野球の日本人選手の活躍で日本プロ野球を忘れてしまった!

 ここ数年来米大リーグの日本人選手の活躍で日本のプロ野球を忘れてしまった!

 以前より日本プロ野球のナイター中継を視るのが楽しみな人間だったが、ここ最近の米大リーグの日本人選手の活躍のお陰で今はたまに日本のプロ野球の状況を見ても各チームの選手さえ解からなくなってしまった。昔のON(王や長嶋)選手の活躍で一喜一憂してたのがまるで遠い昔になってしまった。不思議な事である。最もメディアやSNSの発達で、いつでもどこでもリアルタイムで状況や結果を知れるからであろう。何か胸躍る気持ちが萎えてしまったのは事実であるし、野球だけで無く、他のスポーツ全般の状況もリアルに知れるようになった事も原因みたいである。何か時代の変遷を感じる。

テレビ朝日のドラマ「事件」 テレビドラマとしては最高のドラマだ!

 普段よりテレビは食事時の朝7時と夕7時のNHKニュース以外は殆ど視ない。だからテレビは殆どNHKしか視ないと言って良い。テレビ視聴は民放の芸能人の一挙一投足中心のくだらない番組が多いので殆どといったくらい視ないのが日課になってしまった。それらドラマ等はamazonのprimvideoで視てる。昨日も夜primvideoで視たドラマが北大路欣也主演のこの『-事件-第17作「大富豪の夫を殺した女 空白の1時間に何が?」(2016年)』だった。ドラマ視聴はこのprimvideoでお世話になってるが、久しぶりに手に汗握る素晴らしいドラマを視た。私は還暦あたりから病気(脳出血)の後遺症か、耳の聴こえが難になり、ある一定の俳優の声しか聴き難くなり、どちらかと言えばそのはっきりした声で聴き易い俳優しか見なくなった。その聴き易い男優陣は5人いるが、西郷輝彦が亡くなってしまったので残りの4人、三浦友和と江守徹と津嘉山正種、そしてこの「事件」の主役北大路欣也だ。

 今まで暇々に視て来たドラマと言うドラマの中でこの「事件」が私的には最高の傑作だったと言えた。それに比し、同じ民放なのに、何故フジテレビと日本テレビ)はこのようなドラマ作りが出来ないのか不思議であると言うよりも、この二社の経営陣のコンセプトの違いであろう。特にフジは、先年の中居正広問題に見る通り芸能人に特化した番組作りで良く解かる。

 普通テレビ局の番組はドラマならそのストーリーが先に決まり、キャストはそれにふさわしいキャストを当てるし他局に無い番組作りをするのが当然だが、フジテレビや日本テレビだけはドラマで言えば、人気のあるタレントや今人気の出てる、あるいは他局の番組で人気の出たキャストを当てるようなおよそ、テレビ局としてのプライドさえ気にしない番組作りである。それに1人か2人くらいのコメンテーターで済む番組でも、お笑い芸人やちょっと人気出の芸人を数人も並べる番組何ぞアホらしくて見る気もしない。不思議なのはそんな番組に良くCM出す企業の意味も良く解らない。唯誰かが見てくれれば番組の内容等問わないと言うのだろうか。戦後の娯楽番組はこのフジテレビと吉本新劇場(現吉本興業)で持ってたと言え、現在の凋落でフジのCM収入激減だとしたら、この吉本興業がフジを買収して、ヨシモト芸能テレビとでもした方が余程スッキリであると私は思う。だとすればフジは芸能かぶれだけが見る素晴らしいテレビ局になる事必定である。(大笑い)

社民党福島瑞穂党首果たして国会議員として見識有や?

   政治に興味を持って60年、好きで国会中継やyoutubeの政治動画を良く視るが、社民党福島瑞穂党首って人間としての見識持ってるのかといつも思っている。東大法学部卒で弁護士資格を有してるから、学業頭脳は優秀なのだろうが、憲法や法律上の人間の平等を勘違いしてると思われる。見方を考えれば、政治的に抜けてる「政治天然」を感じる。特に小泉進次郎防衛相とのやり取りを視ればよく解かる。このやり取りに大笑いしてしまった。

最近の少子高齢社会に即した医療改革のオンライン診療に思う

 我々戦後生まれのベビーブーム世代である団塊の世代の多さに鑑み、医師の不足と身体の衰えで病院に行っての診察が容易でなくなった今、都会を始めとしたオンライン診療が導入されている現状に思うのは、戦後生まれとは言いながら、未だデジタル世界に馴染めない高齢者が多い現在、便利とは言いながら果たして高齢者がそれを良しとするだろうか? 昔からデジタル世界に馴染んだ私でさえそう思う現在である。医療機器の発達した今でも、やはり対面での医師の言葉そのものに慣れてしまって居る昨今、どうも今いちである。病気と言うものは身体の変調は勿論だが、多分に高齢者は気分の度合いが多いものだからだ。我々田舎に住んでいる者にとっては対面での医者のその言葉に安心して納得するものだ。今風のデジタル社会の急激な発達に、どう言う訳か今いち着いて行けない部分もあるから不思議である。

先日の磐越自動車道の事故に思う

 先日の磐越自動車道の事故で高校生の一人が亡くなったが、部活の教師と運送を頼まれた運送会社の意見が違っている。

この事故を見て思ったのは私も全くの同じ状況を思い出したからだ。今から30年も前だったろうか?

 私の会社は土木工事建設業だったため、当時機械化が余りされてなかったので、現場では建設作業員の数が半端なく多かった。そのため現場に行くには作業員用のマイクロバスが必要不可欠であり、我が社も25人乗りのマイクロバスを所有してた。だが休日等時には当然マイクロバスは空いてたのである。そういう時に近所の高校の野球部活の先生から生徒送迎用にマイクロバスの借用を数お願いされたのであり、結構貸した記憶がある。正直この所業は運送法違反と言う事は認識してての事だったから、貸賃料は取らなかったと記憶していたが、ある意味事故の心配はしてたと記憶している。

 今回のこの事故このわが社の事例と良く酷似してると思った。

 この事故での学校側と運送会社側の意見が真っ向から正反対に違っているが、私の経験から言わしてもらえば、恐らく運送会社側の意見の通りと私は感じた。恐らく頼む側の学校側の方は、安ければ安いほど良いのだから車両と運転手セットよりレンタカーで運転手は単発で頼む方が格段に安いからそうした方が断然良い筈だ。だとしたらレンタの手配と暇で遊んでいる暇人の2種免許所持者を頼むのが常道と思われる。だからこそ運送会社側はそうしたのではと思われる。でも単発の運転手に3万円以上の謝礼は高過ぎると私は思う。と言う事はこの運送会社に頼めばかなり高いと感じた。

国会委員会質疑を視て感じるが、本当に二院制度の参議院必要なのか?

 今(5月11日)参議院の決算委員会の国会中継を見てるが、私的には参議院の必要性を感じていないせいか、無意味な時間と浪費を感じている。昔より参議院は良識の府と言われながらも、どこか衆議院のお荷物的感覚が感じられ、衆議院議員より参議院議員は軽く視られてる感じがする。実際政権選択の対象議員である衆議院議員と違い、どちらかと言えば政策に強い人間に比べ、素人でもネームバリューのあるタレント的人間が好まれ、数合わせ的にも感じられ実際そう言う人間が多く、だからなのか国会の委員会質疑を見ても無味乾燥な時間が多い。今や参議院は国会議員のスタンドプレーと化してると見ても差し支えない気がする。だとしたら我々日本国民が何故参議院の必要経費1000億円近くも出してる意味も解らなくなってしまう。現在の物価高に苦しんでいる我日本国民に対する国や行政の日本国民への背信行為にも見えると私は思う。現在国会議員が叫んでいる憲法改正何て言う論議より、こちらの方が余程重要な案件と国会議員は思わないのだろうか? でも立法機関の対象議員だ、そうするにも憲法改正が必要となるその議会の議員である国会議員が自らの首を絞める(参議院を無くす=議員削減)法律に賛成する筈が無いとすれば、後はこれを国民投票にするしかなくなるが、それも憲法改正と言うハードルが待っている。だとすれば一生これは出来なくなるのか? 非常に残念である。

福島瑞穂社民党党首、彼女は政治家失格だ! 即国会議員辞職せよ!

 政治に興味を持って60年、当時の首相は佐藤栄作首相だった。以来数々の首相等何人も見て来た。当時の佐藤栄作首相はかの沖縄返還事業を成し遂げた政治家であり、後の首相の田中角栄首相は日中国交化を成し遂げた政治家であった。野党に振り向けば、政権党自民党と対峙してそれなりの成果を出し、政権党自民党の暴走を抑止した名委員長の名が挙がる。東北生まれのズーズー弁委員長佐々木更三さん、勝間田誠一さん成田知己さんそして戦後唯一首相も成した村山富市社会党委員長とそうそうたる政治家が居て戦後政治を安泰に成したと思う。それに比べ現野党社会党の流れをくむ社会民主党党首福島瑞穂氏は野党党首として何をした! いたづらに参議院議員の安泰な比例区に居座り、何もせずあの社会党の遺産を食い潰しただけではないか。こんな野党党首戦後政治を見回しても一人としていない。しかも現在それを認識してても厚顔よろしく厳然と居座るところを見ると歴代の社会・社民党党首として恥ずかしさを感じているのか? こんな政治家いやこんな政治屋どこにもいない! 政治家失格であり即辞職せよ!!