リニア新幹線計画で部分開業と断じてるバカな川勝静岡県知事 こんな頭の悪い知事いない!

 コイツのお陰でリニア新幹線計画がとん挫している。

 元々静岡県をかすめる計画区間にいちゃもん付け、挙句に部分開業とはコイツ新幹線の意義解って居るのか?

 新幹線は大都会と大都会が繋がって直行できるからこその新幹線ではないのか? それを繋がらない駅どうしのピストン輸送何て、そんなのやらない方がマシではないか、短時間直行だからこその新幹線ではないか。造ってしまった駅どうしいくらつなげても利用者には受益は供与されない。そんな当たり前の事コイツは解らないのか? もちろんそれが解るくらいだったらこんな事してないよナ。

 いづれにしてもこんなのを知事にした静岡県民を全国の国民は笑ってるんじゃないか?

 こんなのが大学教授とはあきれるしかない。学業頭脳がいくら良くても、常識の無い者解らない者にいくら言っても糠に釘だろう。(大笑い)静岡県民は可哀そうである。

卓球伊藤美誠の「パリ五輪派遣拒否」問題、人間どんな場合でも気配りの心忘れたらアカン!!

 パリ五輪代表に漏れた伊藤美誠、卓球女王のプライドがそう言わせたのだろうが、アスリートとしてはいただけない限りである。余程鼻っ柱の強い女性なのだろうが人間としての弱さを感じる。

 本当の人間の強さと言うのは、他人の強さを素直に認め常に他人を崇める事が出来る人間性だ。私はスポーツ界でその人間性を有しているのは福岡ソフトバンクホークスの取締役会長、日本プロ野球名球会顧問、球団特別アドバイザーを務める王貞治さんである。プロ野球通算本塁打数868本を打ち、世界の王として崇められても、天狗にならず謙虚に後進の指導をしているからであり、周りに気遣い決して人の前に出ず、他人への気配りを忘れない、その人間性に惚れたのである。また偶然にも、私は王さんと同じ日5月20日の誕生日と言うのも関係しているのかも知れないが、パリ五輪代表選考会で敗れた伊藤美誠、その吐いた「私はリザーブには向かないかなと思っています。なので、多分(パリ五輪に)行くことはないと思います」と言った言葉は、アスリートとしては思っていても言ってはならない言葉だったと思う。先の東京五輪で混合ダブルスで金、女子団体で銀、シングルスで銅を取った卓球の女王である。その美誠、いくらモチベーションが維持できなくても、過去の大会で同じ立場でリザーブで頑張ってくれてた同僚や後輩を想う時、決して言ってはならないと思わなかったのか。あまりにも人間の幅が小さいと思わざるを得ない。

こう言う「有言不実行」の首相視たこと無い!

 今来年度の大事な予算案審議の通常国会が開かれているが、テレビで予算委の国会中継を見れば、余にも審議に不誠実極まりない岸田首相の対応、消化不良に陥る。首相は昨年12月の記者会見で、政治資金を巡る課題に「火の玉となって党の先頭に立ち取り組む」と表明したが、その言葉とは裏腹に、予算委などの質疑では、積極的に真相を解明し、再発防止に取り組もうとする姿勢を欠いているし、危機感も持っていないようだ。まるで「ヌカにクギ」である。岸田首相の腹の中は、どんなこと言われても最後には数で押し切れると思っての事だろう。野党の後ろにいる国民を愚弄してるのと同じである。これでは昔不祥事の言い訳に終始する、官僚にソックリである。こんな首相にお灸をすえるには選挙で自民党に入れない事である。政治に興味を持って約60有余年、保守政治の自民党を支持して来たが堪忍袋の緒が切れた!

能登半島地震の被災と大阪万博開催のギャップに驚く!

 先日高市早苗経済安全保障担当大臣が大阪万博の延期や縮小を首相に願い出たらしいとの報道があった。私的には正にその通りと思ったし私的には中止を求めたい。今までの報道を見ると、大阪万博当初予算の800億円より5割増しの1200億円超の試算である。それに比し後で起こった災害だが、石川、富山、新潟の3県で計1・1兆~2・6兆円にのぼるとの被災額推計を政府は発表した。

 戦後の経済復興により驚異的に成長した、今では経済大国の仲間入りをした我日本国、と言えども能登半島地震の被災額は並大抵の額と言えよう。そんな折、国民に不評の大阪万博開催に1,200億円ものカネをかける余裕等無い筈である。その金額の中には木造の「大屋根」に総木材量は約2万㎥も消費されしかも350億円もかけた建造物は万博が終われば解体されるとの事、いくら経済大国と言われてもこの金額のムダ世紀の大ムダ近年に例が無い。大阪万博の言い出しっぺの堺屋太一さんや、それを一緒になって推進した、当時の橋下徹大阪市長や当時の松井一郎大阪府知事にも責任の一端はある。

 我々国民の庶民感覚では到底図れない事業と思え再考を進言したい。

何をやってんだ!国会議員!!

 第213通常国会が先月の26日召集され約半年の期間で今衆議院予算委員会与野党の論戦が始まっている。

 来年度の我日本の行く末を決める大事な国会だが、前向きな論戦では無く、またもや派閥の裏金問題が蒸し返され紛糾しているのが現状である。

 政治に興味をもって約半世紀、新聞等は第1面からじっくり読む私でも、今の政治は狂ってるいるしおかしいとも思っている。

 何故政治はこうなってしまったのか? とつくづく感じているこの頃であるが、政治に素人な私でも、良く解って居る事がある。それは民主国家我日本がここひと昔以上前からの独裁政権がもたらした影響ではと考えられる。

 第二次安倍晋三政権が誕生したのは2012(平成24)年の暮れである。それから2020(令和2)年の9月まで続いた。何故安倍政権はこれまでの長期続いたのか考えれば、それまでの国政選挙で全て勝利したからに相違ない。その首相が、選挙で勝ったのだから全ての政策が信任されたとの勘違いが何でも出来ると思い、以後の政策に反映された。その一番良い例が、集団的自衛権の行使や「共謀罪」を創設した政策に見て取れる。これらは自民党がかって何度もやろうとも出来なかった事柄である。かっての自民党が野党に気を遣って来て出来なかった事を安倍政権はやってしまったのである。見方を変えれば1強安倍政権に霞が関官僚をはじめとする政治の中枢の人間が全て安倍政権に忖度した結果とも言えるのは間違いない。

 その安倍政権が終わってこの9月でまる4年を迎えるが、依然としてこの流れが続いているが、現在の岸田政権は安倍政権と違い、どちらかと言えば官僚主導政治に逆戻りした感じがするが、衆議院議員465名と参議院議員248名の計700有余名の与野党の国会議員、政権に対してモノ申す議員いないのか?情けなさ過ぎる!

「有言不実行」の権化のような予算委員会での岸田首相の答弁、毎日のムダがもったいない!

 今第213通常国会が開かれていて、予算委員会での論戦が始まっているが、岸田首相の「遺憾だ!~しなければならない」のこの言葉聞き飽きてしまった。正に言語明瞭公約不実行の鏡である。私的に政治に興味をもって半世紀、こんなヌカにクギの総理初めて見た。立派な日本語での答弁、信ずれば最高の答弁であるが、その処理を見れば幻滅の底である。日本国のトップ、野党の質問に真摯に応えているように見えるが、実際は議院内閣制での自民党公明党での与党の数で否決出来ると踏んでの安心からか、好き勝手に答えているようにも見える。私的に見て戦後の総理総裁では最低に見えるし辞めてと思う。元日の夕方に起きた能登半島地震の処理の最中の暗い気持に拍車をかけているように思えて辛過ぎる。(地震とは関係ないがどうしても気持ちが晴れず悲しくなる)

苦学生時代?の「あゝ上野駅」の曲が懐かしい!

 余りテレビを視ない私だが、先日夕食時テレビを視ながら歌番組を視た。懐かしい「ああゝ上野駅」の曲が流れた。無性に懐かしさを感じた。大学入試に失敗し、どん底に喘いでいた時の想い出が蘇ったからである。あの時の想い出は苦学生時代とは言えないのかも知れない。何故なら実際は授業料だけは出してもらっていたからだ。

 父親は田舎の小さな土木会社勤めだったし、生活は裕福な方ではなかったが、何とか授業料だけは払ってくれた。だが月々の生活費までは迷惑かけられまいと自分で稼いで手当てした。そのために、浪人中1年間東京で働きながら勉強したつもりだ。多少の蓄えもした。受験に失敗し、1年間上京して働いた。働きながら予備校に通って勉強するには、定番の住み込みの新聞配達が当時のスタイルだった。新聞の広告を片っ端から読み新聞配達店を探し、見つけて行った先は東京墨田区曳舟の読売新聞の配達店だった。高校を卒業して働いたのはこれが初めてだった。新聞配達の朝は早い! 何故なら新聞を配達するだけでないからだ。朝と言うより明け方に近い。配達する新聞に折り込み広告の差し込みがあるからである。正直これが嫌だった。何故なら粗い紙の新聞紙より立派なカラーの厚紙で重かったからだ。しかも地方と違い東京は織り込み広告は半端ではなかった。もっとも新聞配達業は新聞配達よりこちらの折り込み広告があるから商売してると言って良かったからだ。だが良質紙のためかなり重くなるのである。それを新聞配達用に改造された自転車に積み込み配達するのである。晴れた日も雨の日もである。働いた事のない高校卒業したての18歳のガキだった。朝に弱く働いた事の無い私には正直辛かった。当初馴れない私は当然嫌気がさし、予備校に通いながらの勉強等出来る筈もなかったので、ホームシックになり、田舎に帰ろうと日中何度も上野駅(当時の始発終着駅は東京駅ではなく上野駅だった)に行って西郷さんの前で泣いた事を記憶している。その度にその2年くらい前に発売された井沢八郎の歌謡曲「あゝ上野駅」を口ずさみながら頑張った事が60年近く経った今でも昨日の事のように思い出される。